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ゲーム開発に生成AIを活用するためには,何を検討し,どんな配慮をすべきか。最新のAI事情も紹介されたステージイベントをレポート[TGS2025]
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最近の生成AIの動向
イベントの前半では,松尾氏が最近の生成AIの動向を紹介した。最初に挙がったキーワードは「オンデバイスLLM」だ。従来のLLM(大規模言語モデル)は,クラウドにアクセスして利用するものだったが,オンデバイスLLMはデバイス上で直接動作するためタイムラグが少なく,データプライバシー保護にも貢献する。
このオンデバイスLLMを使ったGoogleのGemini Nanoや,Apple Intelligenceなどのファウンデーションモデル(基盤モデル)は,完全にオフラインの状態で,たとえば文章であれば書き換え,校正,翻訳などを可能にする。
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ファウンデーションモデルは,テキストの校正をしたり,写真を検索を便利にしたりといった形で使われることが多く,基本的にユーザーからは見えないようになっている。しかし松尾氏によると,ファウンデーションモデルはChatGPTのように対話形式でも利用できるとのこと。試しにファウンデーションモデルに「ゲーム開発に役立つ生成AI活用」について質問し,その結果をChatGPTで検証したところ,とくに問題はなかったという。
松尾氏は「オンデバイスLLMは,わずか30億パラメータの非常に小さなLLMだが,このくらいのことができるなら,もっと活用しようという動きが出てくるのではないか」とコメント。ゲームに生成AIを活用しようとする場合,これまではクラウドを介する必要があり,頻繁にアクセスしなければならないケースではレイテンシによる同期性の問題が生じる可能性があった。しかし,Apple IntelligenceやGemini Nano,MicrosoftのCopilotなどがOSに標準搭載されたことにより,将来的に大きな変化があるのではないかというのが松尾氏の見解である。
2つ目のキーワードは「ワールドモデル」だ。これはAIのモデルの中に,世界として成立する物理的な仕組みが存在するもので,たとえば前に進んだら風景が変わったり,後ろに戻ったら前にあるものが遠くに見えたりするといった,バーチャル空間を生成できる。
最新のものは2025年8月にGoogleが発表したGenie 3で,数十分にわたって移動可能な空間を逐次生成できる。たとえば通常の3DCGを使った空間の表現だと,遠くにあるものがいきなりポップするなど不自然なところも見られるが,Genie 3の作った空間はそれを感じさせない応答速度で表現されているそうだ。
ワールドモデルが普及し,一般に活用されるようになると,現行のゲームエンジンや3DCGは時代遅れになるのではないかという議論は,すでに2023年頃に松尾氏の所属するコミュニティでなされており,実際そのときの予想どおりにAIは進化しているとのこと。ただ将来的にどうなるかは不確定であり,どこまで信用できるのかという課題は残る。
またNVIDIAは,AIの支援を受けてピクセルを生成するニューラルレンダリング技術の研究を進めているが,そこまでしなくとも全部AIでやってしまえばいいのではないかという議論もあるという。
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3つ目のキーワードは「2Dから3Dへのモデル生成」で,つまり写真やイラストなどの2D画像を3Dモデルに変換する生成AIである。現在,こうしたサービスの決定版といえるのが「Hitem3D」で,2D画像を取り込むだけで,3Dスキャンしたかのような精緻な3Dモデルが完成するとのこと。
ただ,たとえば正面からの画像だけだと,背面や側面は推定して作ることになるので,どうしても間違いが発生する。それを解消するのが,正面図をもとに側面図と背面図を出力できるGoogleのGemini 2.5 Flash Image,通称Nano Bananaである。松尾氏によると,Nano Bananaはかなり画期的で,たとえば今から20分前のユーザー自身自分の姿を描き出すといった,ワールドモデルのような使い方もできるそうだ。
話を戻すと,Nano Bananaに人物が映った1枚に写真を提示して4面図を生成させると,一部を除きかなり正確なものを出力するとのこと。したがってこの4面図を使えば,3Dモデルもかなり正確なものになるというわけだ。
その一方で,テクスチャやレンダリング面でまだ機能不足という欠点も抱えているのだが,それも近々解消されるだろうというのが,松尾氏の見解である。
現在は存在しないが,あったらゲーム開発が大きく変わるものとして,AIによる「リギング」が挙げられた。リギングは,3Dモデルのボーンを動かすための仕組み(リグ)を作り出すことを指し,これがAIでできるようになったらアセットを自分で作り出せるようになり,もっといえばゲームエンジンは不要になるかもしれないとのこと。
最後のキーワードは「外部コーディング」である。この呼称が一般的になったのは2025年2月頃のことだったが,それまでも同じようなことは行われていたという。松尾氏は自身の例として,Anthropicの対話型生成AI・Claudeを連携することで,インドアサイクリングアプリ「Zwift」内のサイクリング中に,コースをリアルタイムで自動生成していることを挙げた。
ゲーム開発に生成AIを導入する場合の留意点など
松尾氏が紹介したように,今や生成AIはゲーム開発のさまざまな場面で活用できそうな機能・性能を備えている。しかし実際に運用するにあたっては,検討すべきさまざまな課題が存在するのも確かである。
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山本氏は,まず「そもそも,何で生成AIを使いたいのか」を挙げる。大きくは「コスト削減」で,上記のようにそれまで人間がやっていた作業をAIに任せることにより人員が削減でき,工期の短縮も図れる。また,世間でこれだけAIが流行しているからには,ゲーム開発にも応用できるだろう,より自由なクリエイティブにつながるだろうという期待もある。
企画・制作面における生成AIのニーズは主に2つあり,1つは「現状の開発パイプラインにAIを組み込みたい」というもの。ただ,たとえば山本氏が携わっているプロジェクトだと,その仕組み上,外部開発としてAIを使うためには,ある程度工数のかかる組み込みをしないと効率が上がらないこともあるという。
もう1つは「ゲーム内でAIを使い,リアルタイムにインタラクティブ性のある形で,臨場感のあるキャラクターの動きや,環境の変化を表現したい」というニーズである。
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しかし,これらを実現するためには,「生成AIがどんなデータを学習して成果物を作ったのか」といったことを把握しておかないと,のちのち大変な事態に陥る可能性が出てくる。
それを避けるためには,生成AIを導入する前にいくつか検討しておくべきことがある。法規の課題は付きものだし,また,たとえばNano Bananaは理論上,2D画像を3Dモデル化できるが,推測で作る以上,ハルシネーションを生じやすいという課題がある。それら課題は,最終的にAIの学習元データのトレーサビリティをどうやって確保するかという課題につながっていく。
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かつての製薬業界に,参考とすべき事例があることも紹介された。簡単にまとめると,製薬企業が発展途上国などで固有のDNAや天然物を利用し,薬品を開発して利益を上げているにもかかわらず,そのDNAなどを提供した国への還元がないこと(バイオパラシー)に対する批判を受け,1992年には国際条約として「生物多様性条約」が採択され,2010年の「名古屋議定書」で制度化,2014年に発効の運びとなっている。
一方,薬品の開発には必要な研究が行われたり,電力などのリソースが使われたりと企業側の投資が不可欠である。そうしたコストをどのように利益に関連付けるのか,あるいはステークホルダーの利益をどう出していくかといったことも議論の対象となる。
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そうした意味において,製薬業界の歩んできた道は現在の生成AI界隈とあまり変わらないと,山本氏は説明する。
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続いて,コンテンツ業界におけるAIの利用に関する要件として以下の3つが紹介された。
・AI生成物に著作権が発生するのか(著作権を主張できるか)
・生成AIの学習・元データの無断利用は可能なのか
・生成AIの成果物で他者の著作権や権利を侵害しないか
より具体的に「生成AIが生成したキャラクターデザインに権利はあるのか?」という事例も示された。たとえばデザイナーがラフを描いて生成AIでLoRAを生成し,それをベースにしてハイモデル化したものを,ゲーム中のメインキャラクターにし,パッケージやキービジュアル,広告にも使うケースである。最初にAIが描いた1枚の絵には,確実に著作権や肖像権が認められるが,果たしてそれを3Dモデル化したものは著作物にできるのか,という疑問があるとのこと。
まだ取り決めがないので黙認されているという側面はあるものの,AIで生成した著作権のないキャラクターに対して,実質コピーライトを付けてしまうのは問題があるのではないかという議論も出てきているというのこと。
もう1つは,いわゆるテンプレキャラの事例で,たとえば「親が資産家,金髪の縦ロールで,語尾に『ですわ』が付いたら令嬢キャラ」といったように,一般的な共通認識があるのは確かだが,そのテンプレートを本当に著作物ではないデータという判断でAIに使わせていいのかという議論もある。山本氏は,元となる学習データを踏まえて権利関係について検証しておく必要があると指摘する。
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「既存法の枠組みを超えてワークフローに生成AIを場合の適法性」というテーマでは,たとえば実在する女優2人を7:3の割合で生成AIを使って合成し,「似てるけど,どこか違うな」と感じる新たなキャラクターを生み出した場合,それは本当に肖像権を侵害しないのか,あるいはその女優の画像を実在するコンテンツから持ってきたときに,それは本当に許されるのかという議論が今後なされていくという見解が示された。
また最近では「ジブリ風イラスト」のように「○○風」「○○ライク」といったAI生成物も多数見受けられるが,コマンドプロンプト上で作品名や作家名,会社名を入力した時点で権利を侵害していると見なされる可能性があると,山本氏は指摘した。
そうした○○風のAI成果物を,既存のAIベンダーが悪用するケースも増えている。会場で示された香港・PixAIの事例は,「この既存キャラクターを描きたい」「元のキャラクターを知っているので,それを複製したい」という意思が見られるので,おそらく権利的にはアウトになるという。
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オンライン画像編集サイト・Fotorは,元の画像にフィルターをかけて○○風に仕上げており,白に近いグレーではある。今のところは,元画像に写っている人物がフィルターによってデフォルメされたとき,その人物自身だと認識できることで適法性を確保しているが,今後も同じ理屈が通るかどうか分からないそうだ。
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今後,「どこまでが生成AIによる剽窃か?」という議論がなされるという予想も示された。現状でも,朝日新聞と日経新聞が記事を無断利用されたとして,AI検索サービスを提訴したり,ディズニーが中国の生成AI会社に対して訴訟を起こしている。
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それでは日本の場合だと,当面どこまで適法になるのだろうか。著作権法30条4項に照らし合わせると,原則として情報解析に供する場合は適法と見なされるため,LoRAを生成するところまではセーフとされる。ただし世界的にもそれが通るかどうかは話が別だ。
また特定のキャラクターを描きたいという理由で画像をAIで生成した場合は,そのキャラクターを知っているということになるので,著作権法30条4項の適用除外となるため,かなり気を付けてコンテンツを作らなければならない。
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「生成AI利用の最終防衛戦」というテーマに関しては,「確定的に使っていいと思われるもの」と「ダメなもの」があり,今後は後者の線引きが厳しくなっていくとの見解が示された。とくに享受目的,たとえば明らかに特定のキャラクターを意識したものは原則NGになっていき,それは日本国内だけでなく国外でもNGになっていくとのこと。
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類似著作物と依拠性に関しては,生成AIが成果物を生成するまでのワークフローから検証する必要が生ずる。要は,どんなプロンプトを使ってこの成果物を生成したのか,説明できるようにしなければならないというわけである。
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以上の説明から,山本氏はゲーム開発に生成AIを活用するにあたっては,「すでに運用されている生成AIベンダーのツール類は利用してはいけない」と結論づけた。これは,最終的に権利を承認する生成AIベンダーもあるだろうが,「元データはどれか」と聞かれたときになかなか説明できないケースが存在するからである。
また最近の生成AIは計算中のデータをすべて明示するが,それが本当かどうか検証できないとのこと。そのため,逆引きして,どのコマンドによって導き出された元データなのかを参照できるケース以外では,やはり生成AIは使うべきではないそうだ。
またAI生成物について「著作物性が主張されない(享受目的ではない)こと」を主張するためには,特定のキャラクター名や作者名,作品名を使わず,さらに制作過程のログを残しておくことが推奨された。
「リアルタイム性を求めるAI利用」は,出力された成果物の安全性と品質を担保することが現段階で不可能であることから,当面は難しいとのことも示された。現状,生成AIを使ったオープンワールドゲームの企画について多数の相談を受けているが,プレイヤーが何をするか分からないという事情から,ほぼ見送りになっているそうだ。
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結局のところ現状では,ゲーム開発に生成AIを活用するにあたって,ローカルでプライベートLLMを用意して制御する手法が模索されているとのことだが,これも最終的なアウトプットの品質担保に問題があるという。
イベントの終盤では,山本氏と松尾氏が,それぞれの示した事例などをもとに,生成AIを活用したゲーム開発の仕組みを実現するには,ユーザーのフィードバックを採り入れつつ安全で効率的な開発環境を構築する必要があると話していた。
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