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“心理学の豆知識コレクション”には要注意。自分の直感を信じ,実証を行うことが呼びかけられたセッションをレポート[CEDEC 2025]
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豆知識を集めるのは楽しいし,いろいろなことを考えるきっかけにはなる。だが𥱋瀨氏は,豆知識自体は何かの役に立つわけではないと指摘する。現在はアテンションエコノミー(人々の関心が重要視される関心経済)の時代であり,面白い結果が出た実験などは人々の注目を集め話題になりやすいため,こうした知識(心理効果の例)を集めがちだ。
しかし,心理学でいわれることの多くは,既に体験的に分かっていることでもある。大量の論文を読むことに労力を費やしたり,得られた豆知識どうしを戦わせるのではなく,プロトタイピングを行い,ツール的に心理学を使ってゲームを作ろうというのが,𥱋瀨氏の意見だ。
人間は錯覚する生き物である。同じ論理構造であっても,どういった問い方をするかで判断が左右されてしまう。
その例として紹介されたのが「ウェイソンの選択課題」だ。詳しくは下の画像を見てほしいが,こうした出題のされ方をすると,多くの人が戸惑い,間違った答えを出してしまう。アメリカの大学生を対象に実験が行われた際の正答率はわずか10%であったという。
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しかし,同じ問題でも「4人の人がいる。20歳未満飲酒禁止のルールが守られているかどうかを確認するため,チェックすべき人は誰と誰だろうか?」と聞くと,ほとんどの人が間違わないという。論理的に同じなのに,問い方で判断が変わってくるわけだ。
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ゲーム開発にあたっても,論理に物語や設定を加えることで,非常に分かりやすくなるという。「リソースaをリソースbに変換し,リソースcから減算する」というよりも「自分に与えられたターンを剣攻撃に費やし,与えたダメージを敵のHPから引く」という方が格段に理解しやすいのだから不思議だ。
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そして,こういった話こそが豆知識であると𥱋瀨氏は種明かしをする。なるほど,ウェイソンの選択課題や,論理に物語や設定を加えるといったテクニカルなタームには説得力があるし,明日の雑談に使おうとなる。
しかし,これらは「説得力はあるが正しくない」もので,「類推バイアス」や「具体的効果」が働いたことで,何となく納得してしまうという状態であるという。豆知識的な用語を集めるよりは,やるべきことがあるはずだというのが氏の主張なのだ。
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𥱋瀨氏がこうした指摘をしたのは,「すべての研究には適用限界がある」ためだ。科学とは,世界や現象の仕組みを,観察や実験を通して明らかにし,体系的な知識としてまとめていくもの。講演のテーマとなっている心理学を含め,観察や実験といった研究で得られた知見を発表するためには論文が使われる。提出された論文は,専門家がチェックする査読の後に学会誌に発表され,これを読んで知識を得た人がさまざまな目的に役立てていく。
こうしたプロセスを見ると,筆者のような素人には「研究や論文は研究者が作り,専門家が査読しているのだから,その正しさはお墨付きである」と感じられる。しかし,論文は真実ではなく,研究には適用できる限界がある,と 𥱋瀨氏は指摘する。論文に書かれた結果は,研究が行われた状況では正しいものであるが,あらゆる状況に適用できる普遍の真理ではないのだ。
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「単純接触効果」という研究がある。「ある対象への接触回数が多ければ好感度が増す」というもので,意識的に認知することすら必要ではないという。
論文などでこうした知見を得ると,これがすべての事象に適用できると感じられてしまう。とにかく商品や人の名を連呼するほど,好感度は上がっていくと思える。しかし,この単純接触効果は発表後にさまざまな追試が行われ,「条件依存が強い」「個人差が大きい」「接触回数が多いと飽きが発生する」といった反論も発表されている。
𥱋瀨氏は,こうした追試や検証こそ,科学の発展の過程であると語る。科学とは,ディスカッションのために仮説を示し,検証を行い,誤った説が否定され,正しい説が支持されていく繰り返しなのだ。本来なら,論文を読む側もこうした事情を承知しておく必要がある。論文1つだけを読むのではなく,追試の結果なども踏まえたうえで,自分の仕事に応用するかどうかを決めなければならないわけだ。
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勉強をすることは無駄ではないが,ゲームを作るために沢山の論文を調べることはあまりお勧めできない,と𥱋瀨氏は語った。論文を読んだからといって,そこに書かれている効果をゲーム内で必ず再現できるわけではないからだ。
挑戦とスキルがちょうど良く釣り合うと,完全に没入した最高の「フロー状態」が生まれるとする「フロー理論」というものがある。しかし,フロー理論に関する論文をいくら読み漁ったところで,その人が作ったゲームにフロー状態が生まれるとは限らない。再現できたとしても,それは開発者自身が自分のゲームやプレイヤーに向き合った結果であろうと𥱋瀨氏は話す。既に開発者はプレイヤー心理のプロであり,心を動かすやり方を知っているのである。
心理学の知識を得た人同士で話をすると,どうしても互いが知っている仮説を戦わせることになりがちだが,明確な結論が出ることは少ない。心理効果を沢山覚えることの意味は薄く,議論するよりもプロトタイピングの方が有効であると𥱋瀨氏はアドバイスする。
事実,科学の世界では即座に実験という名のプロトタイピングが行われる風土があるという。実験結果がどのように証明されたかを考え,ツールとして心理学を使っていくことが有効である。そのうえでは,自分の直感を大事にし,これを補強するためではなく実証するために心理学の知識を用いて数値化することが必要だ。
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ゲームは多くの人に売るものであるため,人類が持つ大体の傾向が掴めるのではないか,と話す𥱋瀨氏は,心理学の知識が蓄積されていくことで,1人1人に対応したゲームが作れるのではないか,と未来を予測した。
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𥱋瀨氏に続いて高橋氏が,違った側面からの心理学のアプローチを紹介した。
高橋氏は「絶対一生味方なパートナーロボットを創る」というテーマを掲げ,コミュニケーションロボットの研究を進めている。これまでにも,部屋の利用者と対話し,希望に応じて照明や温度を調整したり,音楽を掛けてくれたりするロボットを制作している。 ?氏とともに研究をすることもあるという。
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氏の取り組みの中で,特にユニークなのが「赤ちゃんや犬がプレイできるゲーム」だ。システムが視線を検知することで,画面上で赤ちゃんや犬が見た部分のマスクがはがれて下に隠された景色が明らかになる,といったインタラクションを実現している(なお,赤ちゃんは再プレイしてくれたが,犬は二度とゲームに関心を示してくれなかったという)。
赤ちゃんに対し,「緑のキャラクターがオレンジのキャラクターをいじめる(追いかけて何度も体当たりする)」映像を見せた後,「視線を向けたキャラクターに上からブロックを落とせる」システムを提示したところ,赤ちゃんはいじめっ子である緑のキャラクターにブロックを落としたというから,実に興味深い。
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氏は学生に対し,ワクワクしたことや何かを作りたいという衝動があるなら,すぐに取り掛かろう,とアドバイスしているという。筆者のような者からすると,学問というと真面目でしかめつらしいものであるという先入観があるが,知的好奇心のワクワクで研究を進めているようだ。
「CEDEC 2025」公式サイト
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