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視覚偏重の時代に,五感を見直す。ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの代表がゲーム開発者に投げかけるメッセージとは[CEDEC 2025]
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印刷2025/08/05 17:30

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視覚偏重の時代に,五感を見直す。ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの代表がゲーム開発者に投げかけるメッセージとは[CEDEC 2025]

 国内最大級のゲーム開発者会議「CEDEC 2025」の1日目(2025年7月22日),セッション「五感を研ぎ澄ませること。」が行われた。

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 このセッションでは,ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン 代表 / ダイアログ・ジャパン・ソサエティ 理事 志村真介氏が,ソーシャルエンターテイメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(以下,DID)から学んだことを紹介した。

志村真介氏
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 DIDは,漆黒の暗闇の中,特別なトレーニングを積んだ視覚障害者が,健常者を案内し対話するソーシャルエンターテイメントだ。1988年に,ドイツの哲学博士のアンドレアス・ハイネッケ氏の発案によって生まれたDIDは,これまで世界47か国以上で開催され,900万人以上が体験している。

 志村氏がDIDを知ったのは1993年4月,日経新聞の夕刊に掲載されたDIDの記事だった。その内容は,ウィーンの博物館内に森や都市などの仮設空間を作り暗闇にして,そこを健常者のグループが視覚障害者用の白杖を持って散策するというもの。しかし,いつも視覚を使って行動している健常者は,暗闇の中に入るとなかなか動けない。
 そこで普段から視覚に頼っていないため,周囲が明るいか暗いかを問わず,同じように動ける視覚障害者が健常者のグループを案内するのである。志村氏は「普通だと健常者が何らかの障害を持った人を助けるが,この暗闇の中では立場が逆転する」と表現した。

 志村氏は,DIDにおける体験を「自分より能力が劣っていると錯覚していた人に助けられる経験」と説明し,それが今から約30年前にヨーロッパで大ヒットしていたことを指摘。当時の日本はバブル時代の後期で,多くの人や企業は金儲けしか考えていなかったのに,ヨーロッパでは目に見えないものに付加価値があり,多くの人がそれに代金を払って楽しんでいることに衝撃を受けたという。

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 DIDを発案したハイネッケ博士は,民族や文化が異なるだけで差別が起き,同じ人間同士が苦しみをもたらしてしまう理由と,その解決法を探求するため哲学を学んだ人物である。その過程で東欧の哲学者であるマルティン・ブーバー氏の著書「対話の哲学」から,異なる文化を相互理解するには「対等な対話」が必要だと知る。

 対等な対話とは,相手を説き伏せようとするディベートとは異なり,たとえばAという意見を持つ人が,Bという意見を持つ人と出会ったとき,互いに影響されてAの人の意見はABくらいに,Bの人の意見はBAくらいになっていき,相互理解や新たな可能性が生じるような関係を指す。

 さらに志村氏は,人間は「私達」「あの人達」といったように派閥のようなものを作り,見えない壁を作って分けたがると指摘した。例として,ある会社が良好な関係の別会社を買収して51%の株を持ったケースを挙げ,「51:49という割合だけで,それまで仲が良かったのに上下関係ができてしまう。そうなると旧何派と旧何派に分かれて,明るい場所でミーティングすると派閥内で目配せをして,相手の派閥と対立するようになる」と説明する。
 そうした事態をリセットし,対等な対話を実現するため,暗闇に着目したのがハイネッケ博士であるとし,「通常,暗闇は人間にとって怖いものだが,それを平和利用した初めての人だった」と語った。

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 志村氏は以下のスライドを示し,社会は左から右に移行しているとする。一番左の状態は,男女や性別,年齢,収入,業界などで派閥のようなものに「分ける」状態だ。現在の社会は,真ん中のように「統合する」状態になっているが,志村氏らが目指すのは一番右の「多様性を受け入れ」る状態とのこと。すなわち,それぞれの能力は異なるけれども,それによって社会参加ができる「お互いさまの社会」である。

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 件の記事を読んで,さっそくハイネッケ博士と連絡を取り承諾を得た志村氏は,1999年に日本における初のDIDを開催。これまでに30万人がDIDを体験しているが,1億2000万人以上の日本人全員に体験させるためには,何世代も続いていく社会システムになる必要があると語る。

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 志村氏が今回,CEDECでセッションを行ったのは,「視覚偏重の時代に,もう一度五感を見直す」ことが,ゲームの企画・開発に役立つのではないかと考えたからだという。
 人間は普段,80%以上の情報を視覚から得ていると言われており,残りを聴覚や臭覚,触覚,味覚から得ている。

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 それが暗闇に入ると視覚が閉ざされるため,聴覚からの情報が64%,臭覚からが20%となる。触覚と味覚の比率も上がり,有意なものとなる。つまり,暗闇に入ると視覚が閉ざされるので何もできなくなるのではなく,ほかの感覚がグッと上がるというわけだ。

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 続けて志村氏は,「感覚の閾値」について説明。すなわち,明るいところでは,聴覚が働いているけれども,視覚が感覚の閾値を上回っているので,あまり人間の脳は音を意識しない。
 しかし暗闇の中では感覚の閾値が下がり,聴覚がそれを上回るようになるため,強く音を意識するようになる。たとえば近くに何か巨大なものが落下して,ものすごい音がしたというケースでも感覚の閾値が下がり,目で見ているにもかかわらず急に音を意識するようになるそうだ。

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 話題は,視覚障害者の感覚にも及んだ。たとえば線路というと,健常者は通常,以下のスライドのように,遠近法で表された画像を思い浮かべる。しかし,視覚障害者は触覚文化ですべてを把握しているため,線路と言えばレールが並行に続いているものとなり,それは事実でもある。

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 人が窓越しに遠くの富士山を見ている画像も,健常者は遠近法を知っているので自然に受け入れる。しかし,実際には窓よりも富士山のほうが大きい。したがって,世の中で自然に受け入れられていることに対して,「事実はどうなのか」と疑う必要があると志村氏は指摘する。

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 また視覚障害者の中にも,生まれつき全盲の人と,それまで目を使っていたけれども何らかの身体的トラブルやアクシデントによって視覚を失う人がいる。それぞれに富士山のイメージを聞いたエピソードによると,後者は「銭湯の壁に描かれた富士山」と回答したが,前者の全盲の人は「円錐」と答えたという。
 つまり,全盲の人は触覚文化で育ってきているので,かつて触った模型で富士山を認知しているのである。

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 志村氏は,視覚を使っている人は世界を二次元で把握しており,三次元のものを二次元にするから遠近法が必要になると説明。それに対し,視覚を使っていない人は世界を三次元のまま把握しているというわけだ。

 以上をまとめて,志村氏は「五感のうち,いずれかを制限するとほかの感覚が拡張する可能性があることは知っておくべき」と指摘する。

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 視覚障害者が横断歩道を渡る映像も紹介された。視覚障害者がとくに困るのは,20:00以降に音響式信号機から青信号を知らせる音が出なくなることである。これは近隣住民の苦情を受けての措置だ。スマートフォンなどを使って青信号を知らせるような試みも出てきてはいるが,なかなか実現に至らないことにも言及した。

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 志村氏は,こういった話題がゲーム業界のイノベーションにつながればいいとしつつ,「気を付けないといけないのは同情すること。相手がかわいそうだと思った瞬間に,いろんなことが止まってしまう。私達は同情でなく,共感を大切にしている」と話していた。

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視覚障害者が映画制作に挑む姿を追ったドキュメンタリー映画「ナイトクルージング」
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サウンドオンリーのゲーム「Ichi - The Blind Ronin」
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 志村氏は,人は誰かと出会ったとき,相手のできないことを見つけるのが得意だと述べる。自身も含めて,たとえば部下の素晴らしいところより,できないところを見つけて,改善・改良してあげたいと思ってしまう。しかし,志村氏らの仕事は,相手が今できていることを拡張することである,
 そのため,どうすれば自身が相手のできていることにフォーカスできるかが重要となるという。

 そうしたことを30年近く考えた結果,志村氏は「こそ」というワードにたどり着いた。たとえば「子どもだから」「大人だから」「障害者だから」といった言い回しは,ネガティブな「できない」につながりがちである。
 しかし,それらに「こそ」を付けることにより,「子どもだからこそできる」「大人だからこそできる」「障害者だからこそできる」といったように,できることを拡張しやすくなるというわけだ。

志村氏が理事を務めるダイアログ・ジャパン・ソサエティでは,ダイアログシリーズのアテンドスタッフを育成するスクールを運営している。受講生は,視覚障害者と聴覚障害者,70歳以上の高齢者である
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DIDのアテンドスタッフの1人が,白杖をつく音で誰が来たか聞き分けられることが紹介された。それだけ聴覚が拡張されている
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ドラマ「ラストマン-全盲の捜査官-」では,俳優の福山雅治さんが全盲の捜査官を演じるにあたり,DIDを体験した。志村氏らも演技指導で協力している
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味の素とのコラボレーション。プロの料理人が目を使わず主に耳と鼻で料理を作り,視覚障害者が日常を極めていくことに近いという気付きがあったという
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ポーラとのプロジェクトでは,視覚障害者がメイクを楽しんだ。ポーラ側にも,鏡を使わずにメイクをする人が存在するという気付きをもたらし,新しいメイク技術が生まれたそうだ
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ドラマ「全盲の僕が弁護士になった理由〜実話に基づく感動サスペンス!〜」の原案著書を手がけた弁護士・大胡田 誠氏は,DIDのアテンドスタッフとして活躍していた
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視覚障害者のダニエル・キッシュさんは,舌打ちによるクリック音を利用し,半径数十メートルの三次元イメージを構築できる。そのため自在に自転車を乗り回すことも可能
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香道では,香りを嗅ぐのではなく,聞く。聞いた香りは「甘い」「辛い」といった味覚情報で表現するとのこと
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 セッションの終盤,志村氏は自身の今後の展望として,盲学校でDIDを開催したいと語った。子ども達や父兄らが,暗闇の中で視覚障害者が本を朗読している姿を見て,そうした新しい能力に気付いていくきっかけを作りたいというわけである。
 また,聴講しているゲーム開発者達に向けては,AIやクラウドなどの技術を応用して,バーチャルなDIDができないかと呼びかけていた。

CEDEC 公式サイト

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