お気に入りタイトル/ワード

タイトル/ワード名

最近記事を読んだタイトル/ワード

タイトル/ワード名

LINEで4Gamerアカウントを登録
「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]
特集記事一覧
注目のレビュー
注目のムービー

メディアパートナー

印刷2025/08/07 08:10

イベント

「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 2020年に始動したGIGAスクール構想により,日本の教育現場は大きな転換点を迎えた。全国の小中学生を対象に,1人1台のタブレット端末が配布されることになったのだ。しかし,ハードウェアの整備が進む一方で,子供たちが本当に“使いたくなる教育コンテンツ”が不足しているという,新たな課題が浮き彫りになっている。

※生徒児童一人ひとりに端末とネットワーク環境を整備し,個別に最適化された学びと協働的な学びを実現することを目指す取り組み。

 この課題に真正面から取り組んだのが,ゲーム開発会社エンジンズから生まれたキッズプロジェクトと,教科書出版大手の東京書籍である。両社はゲームと教育を掛け合わせ,Webアプリケーション「コグトレオンライン」と,ライブ型ドリル教材「タブドリLive!」をリリースしてきた。この2つは,日本eラーニング大賞にて日本電子出版協会会長賞と最優秀賞を受賞し,教育業界に新風を吹き込んでいる。

左からキッズプロジェクト 代表取締役の小林一博氏と,ウデキキキカク 代表取締役 プロデューサーの設樂昌宏氏
画像ギャラリー No.001のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 しかしながら,そこに至るまでの道のりは多くの課題との戦いだった。脆弱なネットワークインフラ,教育現場ならではの表現の壁,生徒児童の多様性,教育現場の抱える課題――。そうした制約の中で,ゲーム開発で培われたプレイヤーを楽しませるノウハウはどのように生かされたのか。

 CEDEC 2025のセッション「ゲーム開発者が教育コンテンツの開発に挑戦!子ども向け事業会社設立から日本e-Learning大賞を受賞するまでの軌跡」で明かされた,その道のりに迫ってみよう。

キッズプロジェクトは,SNK出身の開発者らが設立したエンジンズの社内ベンチャー事業として立ち上げられ,2019年に創業した。ベネッセとの「しまじろう」アプリ開発,吃音を持つ子供向けのインクルーシブ教材開発にも携わっている
画像ギャラリー No.002のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]


当事者の声を開発の中心に「コグトレオンライン」ができるまで


 小林氏によってまず紹介されたのは,GIGAスクール構想を機に初めてデジタル化された「コグトレオンライン」の取り組みについてだ。そもそも「コグトレ」とは,「コグニティブ(認知)機能」を高める包括的なトレーニングのことで,「ケーキの切れない非行少年たち」の著者として知られる立命館大学の宮口幸治氏によって提唱されたものである。
 それまで書籍やカードなどアナログ教材として展開されていた「コグトレ」だったが,GIGAスクール構想を機に「コグトレオンライン」としてデジタル化されたわけだ。

画像ギャラリー No.003のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]
画像ギャラリー No.004のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 このトレーニングの特徴は,教科教育の成績向上を直接の目的とするのではなく,学習の土台となる認知能力(記憶,言語理解,注意,知覚,推論・判断といった学習や社会生活の基盤となる能力)そのものを鍛える点にある。「コグトレオンライン」は多くの学校で,朝学習(8時〜9時)の時間に導入され,生徒児童の集中力向上に活用されている。

 「コグトレオンライン」開発の背景には,GIGAスクール構想が抱える課題があった。2021年よりスタートするはずであったGIGAスクール構想はコロナ禍によって前倒しとなり,2020年にタブレットの配布が開始される。しかも,タブレットの配布は通常学級が優先され,特別支援学級では未配布の学校もあったそうだ。コンテンツの配信状況も同様で,通常学級にウェイトが置かれた状態にあったという。

※小,中学校に設置されている障害のある生徒児童を対象にした学級。

画像ギャラリー No.005のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 この状況を鑑み,キッズプロジェクトと東京書籍は特別支援学級向け教材ではなく,より包括的なインクルーシブ事業として「コグトレオンライン」の開発をスタートさせた。

 その開発エピソードとして小林氏は,「コグトレオンライン」の開発には発達特性を持つ子供の保護者がメンバーとして参加していることを挙げた。そうした発達特性に向き合う当事者,またその保護者の生の声をヒアリングし反映できる環境であったからこそ,多くのユーザーに利用されるプロダクトになったと振り返っている。

 なお,「コグトレオンライン」のデバッグやテストプレイは,福祉事業所と連携して進められた。精神疾患や発達特性を持つ方々にデバッグを依頼し,開発初期段階から利用者の視点に立った分かりやすさを検証できたことで,ユーザビリティの向上が図れたそうだ。

画像ギャラリー No.006のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]
画像ギャラリー No.007のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 また,開発にあたって立ちはだかった,教育分野ならではの厳しい技術的制約にも触れられた。その一つが「通信速度5Mbpsという制約」だ。多くの学校では1つのWi-Fiに35〜40台のタブレットが接続される通信環境であり,安定して動作させるにはこの制約をクリアしなければならない。

 そこで採用されたのが,軽量で制限の少ない演出を実現できるLottie(SVG動画ツール)だ。それにあわせて,デザイナーとエンジニアによって二段階の圧縮を行い,画像のカクつきを確認しながら実装を繰り返すことでこの制約をクリアしている。

画像ギャラリー No.008のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 さまざまな検証を重ねリリースを迎えるも,配信から1年ほどは想定どおりの挙動にならない不具合が発生し,対応に追われたと小林氏は振り返る。というのも,学校や自治体ごとにホワイトリストと導入しているセキュリティソフトは異なり,A市では動いていても隣のB市では動作しない事態に見舞われていたからだ。
 そのたびに東京書籍の担当者が現地の教室に赴き,朝学習の時間に児童と同じ席に座って原因を突き止める取り組みが続いたそうだ。

 また「文化の違いは必ず起こる」と小林氏は述べる。東京書籍とキッズプロジェクトもその例に漏れず,両社の文化的な違いから生じる認識のズレが起きていたそう。こうしたズレを解消するため,開発チームが採用したのがプロトタイプファーストの手法だった。これは,決定事項はすぐにプロトタイプとして形にし,現物で確認するというものである。

 この手法ならば,詳細な仕様書を何ページも作成するよりも理解が早く,言葉では伝わりにくい微妙なニュアンスも正確に共有できるようになる。あわせて小林氏は,互いを尊重し合い日々対話を重ねることがなにより重要であり,より良いものを生み出すことにつながっていくともコメントしていた。

リリース後もスムーズに出題する問題を増やせるよう,専用の作問ツールが用意されている。ツール上で問題を作成すれば,それをJSONファイルとして出力できる仕組みだ
画像ギャラリー No.009のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]


孤独な学習からみんなで学ぶへ。「タブドリLive!」が生んだ新たな形


 セッションの後半では,開発に携わったウデキキキカクの設樂氏から「タブドリLive!」の事例が紹介された。
 「タブドリLive!」とは,生徒児童が学習意欲を維持しながら学べるよう設計された,東京書籍が提供する小中学校向けのデジタル教材だ。小学校1年生から中学3年生までの9学年5教科に対応し,1回のドリル学習はおよそ5分。手書きやキーボード入力を使って知識を確認する問題や,自分で採点する作図問題,長文読解問題なども収録されている。

画像ギャラリー No.010のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]
画像ギャラリー No.011のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 ドリルといえば孤独で苦痛な宿題の代名詞だが,「タブドリLive!」が目指したのはサービスを使う仲間とゆるく繋がり,ともに楽しく学べる“Live感”のある教材だ。「そこに行けば誰かがいる。みんながドリルに取り組んでいる。だから僕もそこへ行く」というポジティブな感情によって,自発的に学習に取り組む気持ちを引き出すのが狙いとなる。

 子供たちが自発的に学習に向かう新しい学びの形を実現するうえで,東京書籍とディスカッションを行い,以下の点に留意しながら開発が進められた。

画像ギャラリー No.012のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

(1)見える化における優しい設計

 学習成果の可視化において,ゲーム開発者が陥りがちなのは「カラーバーやグラフで無機質なデータ」を表示してしまうことだ。ゲームではよく見られるものだが,子供にとってはありのままのデータを突きつけられることになり,プレッシャーを与えてしまう。そこで採用されたのが,土が下から盛り上がり,全国平均を超えると花が咲く演出だった。

 とくに配慮されたのが全国平均点の表示方法である。学習塾ならまだしも,学校教育では必ずしも全員が勉強を得意としているわけではない。そこで,平均点を超えて初めて“平均点マーク”が表示される仕組みにし,できない子供に劣等感を抱かせない視覚的な工夫が施されている。

 毎日の学習記録も,アドベントカレンダーを模したプレゼントボックスで表現し,開けると季節の果物が実るようになっている。なかには金のリンゴをモチベーションに,毎日取り組む生徒児童もいるとか。

画像ギャラリー No.013のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

(2)アバターシステムが生む学習モチベーション

 「タブドリLive!」では,小学1年生から中学3年生までの幅広い年齢層を対象としているため,どの年齢の生徒児童であっても受け入れやすいロボット型のアバターが採用されている。安易に人型を採用してしまうと,小学生にとってはカッコイイデザインであっても,中学生にとっては子供っぽさのあるデザインに映るケースもあり,調整が難しい。そこで「ポケモンカードゲーム」のイラストを手がけるネルナル氏に,小中学生どちらにも受け入れられるロボットのデザインを依頼したという。

 ここで重要になるのが,アバターをただ着せ替えるだけで終わらせなかった点だ。設樂氏は「無人島にハイブランドの服を着ていく人はいない」という会話から着想を受け,週次の表彰式でアバターを披露する場を設けたという。全国の生徒児童と共に表彰される体験を,ポイントを貯めてアバターをカスタマイズする動機付けに利用したのだ。

画像ギャラリー No.014のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]
画像ギャラリー No.015のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

(3)苦手克服を楽しい協力イベントに変換

 興味深かったのはフォローアップ学習の仕組みだ。間違えた問題だけを集め10問連続で解かされる従来の方式では,大人であってもやる気が削がれるものだ。そこで考案されたのが,二つの協力型イベントである。

 一つ目の「パンクのワールドツアー」は,ドリルを解くとエネルギーが供給され,翌日には「昨日は何千人が参加してパンク君は地球を何周も旅行できました」という結果が届く形だ。10問中2,3問だけ苦手とする問題を混ぜ,イベントに参加しているうちに苦手を自然に克服する流れが作られている。

画像ギャラリー No.016のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]
画像ギャラリー No.017のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 二つ目の「タペットファクトリー」は,ほかの生徒児童が間違えた問題に挑戦するイベントだ。アバターパーツの在庫不足を解消するため,工場でパーツを製造する設定で,全国の仲間が苦手とする問題に立ち向かう。1問から挑戦できる手軽さがあり,参加のハードルは低めだ。

画像ギャラリー No.018のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 レイドボスイベントから着想を得た「パンクのワールドツアー」は,協力コンテンツとしての位置づけはよかったものの,ボスを倒すバトル要素に難色を示されたという。よりマイルドな表現への変更を求められ,現在の「燃料切れで困っているキャラクターをみんなで助ける」設定に落ち着いた。

 このやりとりを通して設樂氏は,「敵を倒す,バトルする,叩く」といった表現は,ゲーム開発者にとっては当たり前のものであっても,教育現場では受け入れられないものであることを再認識した。「学校で暴力はダメ,絶対。これが一番の学びだったかもしれない」と述べていた。

画像ギャラリー No.019のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

 設樂氏はまとめとして,開発において重要なのは「ゲーミフィケーションという言葉に惑わされず,サービスやユーザーの課題の本質に向き合うこと」だとし,単にゲーム的要素を付加するのではなく「学習におけるしんどさを緩和し,楽しさをゲームの力でブーストするアプローチが大切」だと語っていた。

画像ギャラリー No.020のサムネイル画像 / 「コグトレオンライン」「タブドリLive!」が示す学びの未来。子供たちが使いたくなるデジタル教材ができるまで[CEDEC 2025]

CEDEC 公式サイト

4Gamer「CEDEC 2025」記事一覧

  • 関連タイトル:

    講演/シンポジウム

  • この記事のURL:
4Gamer.net最新情報
プラットフォーム別新着記事
総合新着記事
企画記事
スペシャルコンテンツ
注目記事ランキング
集計:08月06日〜08月07日