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AIバブルの幻想を超えて――現場で起きる本物の革新とは。IVS2025パネルディスカッション
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印刷2025/07/04 13:08

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AIバブルの幻想を超えて――現場で起きる本物の革新とは。IVS2025パネルディスカッション

 京都みやこめっせ開催されているスタートアップイベント「IVS2025」で行われたパネルディスカッション「AIバブルの幻想を打ち破れ:実世界で進化する本物のAI革新」では,ゲーム,VTuber,モーションキャプチャという異なる分野で活躍する専門家たちが,AIがもたらす本物の価値と課題について率直な議論を展開した。バズワードや未来予測に惑わされることなく,今まさに起きている革新の実態に迫るセッションで見えてきたものをお伝えしよう。

 モデレーターを務めたのは,GAIBの創設者兼CEO,Kony Kwong氏だ。「AI,そしてより深遠な問いについて,これから40分間議論していきます」という言葉で始まったセッションには,3名の業界リーダーが登壇した。

左からKony Kwong氏,Justin Waldron氏,Jen Shen氏,Tino Millar氏
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 Move AIの創業者兼CEOであるTino Millar氏は,AIと物理学を応用して3Dアニメーションとモーションキャプチャの革新を進めている。AK VirtualのCTOであるJen Shen氏は,VTuber制作会社でタレントマネジメントも行っており,VTuber事務所への制作協力も手がけているそうだ。

 そして,Zyngaの共同創業者としても知られるJustin Waldron氏は,Open Game Protocolでブロックチェーンを活用した新たなゲーム配信の仕組みを構築している。

 3社とも,AIを単なる効率化ツールとしてではなく,これまで不可能だった創造活動を可能にする「イネーブラー(実現者)」として捉えている点が印象的だった。

 セッション冒頭で「3Dでゲームや映画,短編ストーリーを作ろうとしたことがある人はいますか? もしあるなら,それがどれほど難しいか分かるでしょう」とMillar氏が切り出す。中規模のAAAゲームの制作には5000万〜1億ドル(約75億〜150億円)のコストと3〜5年の開発期間が必要で,その予算の10〜40%がキャラクターアニメーションに費やされるという。従来の手法では,人間が手作業でアニメーションを作成すると1秒の映像あたり3〜5時間かかり,モーションキャプチャスタジオを構築すれば数十万から数百万ドルの投資が必要だった。

 Move AIは,この状況を根本から変えようとしている。スマホやGoPro/アクションカメラで撮影した動画からモーションキャプチャを行うAI技術により,コストを10倍から100倍削減しながら,リアルタイムでの処理も可能にした。

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 「ある大手AAAゲーム会社との実証実験では,400ドル程度のGoProを4台使った我々のシステムが,100台以上の専門カメラを備えた100万〜200万ドルのスタジオと同等の品質を実現しました」とMillar氏は具体例を挙げる。

 しかし,真の価値はコスト削減だけではない。「コンテンツ制作において重要なのは自発性です。シャワーを浴びているときにアイデアが浮かんだら,すぐに試せる。この素早く繰り返される改善/開発のプロセスが,最終的により良い体験を生み出すのです」

 Move AIのシステムを使用しているShen氏も,その革新性に触れた。「従来のモーションキャプチャでは,マーカー付きのきついスーツを着て,キャリブレーションを何度繰り返していました。創造の流れが完全に断ち切られてしまうんです。でも,タレントが普段着のまま入ってきて,リアルタイムで自分のキャラクターになれる。この体験は本当に革命的です」

 2か月前に一度キャリブレーションしただけで,その後は電源を入れるだけで動作するという安定性も,現場での創造性を支える重要な要素だという。

 AK Virtualは,VTuber産業においてもAIの可能性を追求している。同社が開発した独自のLLM(大規模言語モデル)「Shisa.ai」は,日本語と英語のバイリンガル対応に特化したオープンソースモデルだ。
 
 「日本語と英語の間でコンテンツを行き来させるのは非常に難しい。だからこそ,自分たちでLLMを訓練する必要があったんです」とShen氏は開発の背景を説明する。

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 このLLMは,VTuberがデスクにいないときでも活動できる「AI VTuber」を実現しているという。YouTube Liveでチャットを読み取り,リアルタイムで応答を生成する。さらに興味深いのは,このプロジェクト「UU Agents」をWeb3でトークン化し,資金調達も行った点だ。

 「独自のLLMを持っているので,OpenAIのようなサービスにトークン代を支払う必要がありません。コンテキストウインドウも自由に調整でき,特定の分野に数百ドルでファインチューニングできる。これにより,高い忠実度で望むストーリーを語ることができるのです」

 Shen氏は,VTuber活動自体がすでに「内向的な人々がコンテンツを作れるようになった」第一の飛躍だったと指摘する。そして今,「適切な声を持たない人でも,プロンプトを書くことで魅力的なコンテンツを作れる」第二の飛躍が起きているという。

 「ゲーム業界は通常,技術の最先端を走っています。しかしAIに関しては,開発サイクルの長さゆえに,画像やテキスト,動画といった他メディアより遅れをとっています」とWaldron氏は分析する。

 しかし,その遅れは急速に縮まりつつあるという。AIによってAAAゲームのコストが削減されると同時に,これまで創作できなかった新たなクリエイター層が生まれているからだ。

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 「iPhoneやデジタルカメラの登場を思い出してください。それ以前,多くの人は自分で映画を作れませんでしたが,それも可能になりました。写真共有はFacebookで本格化し,どんどん普及した。次の波は,ゲーム制作が動画共有のようになることです」と,Waldron氏は説明した。

 しかし,ここで新たな課題が浮上する。現在のApp Storeは,「今日見たことについて30秒で作ったゲームを,そばにいる人たちだけのために1日だけ公開する」といったコンテンツには対応していない。

 「私たちは創作側の問題を解決するだけでなく,配信側の問題も解決する必要があります。YouTubeやTikTokが新しい形のコンテンツに対応したように,ゲームにも新しいプラットフォームが必要でしょう

 Waldron氏は,モバイルゲーム市場が頭打ちになっている理由の一つとして,TikTokのような動画コンテンツがゲームから「エンゲージメントのマーケットシェア」を奪っていることを挙げた。動画は何が起きてもすぐに反応できるが,ゲームはまだそこまで機敏ではない。AIがこのギャップを埋める可能性があるという。

 AIがもたらす恩恵について語られた後,モデレーターのKwong氏は議論を「ダークサイド」へと転じた。コンテンツ作成が容易になることで生じる問題――ファクトチェック,質の低いコンテンツの氾濫,そして人間がこの創造の洪水の中でどう位置づけられるか。

 「コンテンツは人によって意味が異なります。そして好むと好まざるとにかかわらず,多くはアルゴリズムによって決定されるでしょう」とWaldron氏は指摘する。App Storeは存在するが,アプリ発見は広告ネットワークが担っている。今後は「多くのコンテンツがある世界での関連性」を見つけ出すことが課題になるとWaldron氏は考えている。

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 特に深刻なのがIP(知的財産)保護の問題だ。「人々はスタジオジブリ風の絵を作るのが大好きです。これが実際にIP侵害かどうかはグレーゾーンかもしれませんが,クリエイターたちは法律のはるか先を行くでしょう」

 Shen氏も同様の懸念を共有した。「1年後には,VTuberの3Dモデル作成に時間をかける必要がなくなり,テキストを入力するだけで似たものが作れるようになるでしょう。創作プロセスの保護がより困難になります」

 ただし,各国の対応には違いがある。アメリカではストライキなどで既存のクリエイターを保護する動きがある一方,日本の法律はAIの学習データについてより寛容で,AIが世界を視る機能(視覚的センシング+認識)を一度獲得してしまえば,それを止めることは技術的にも社会的にも極めて困難という現実的な認識に基づいている。そして中国ではIPに関する考え方が曖昧だという。

 それでも,Shen氏は希望を持っている。「観客とクリエイターの関係は,今後1000年経っても変わらないでしょう。この関係を真に維持し,技術を活用できる人々が生き残るのです」

 動画生成AIで作られた「飛び込みをする犬や猫」の動画が話題になったが,「ChatGPTに次のアイデアを考えてもらっても,良いアイデアは出てこない。オリジナルのアイデアを思いついた人こそが宝石なのです」とShen氏は強調する。

 Millar氏も「ブランドが観客と持つ信頼は,コンテンツ作成が容易になるにつれてますます重要になる」と予測。既存のIPやブランドへの信頼が,AIが生成する膨大なコンテンツの海の中で,質を見極める指標となるというのだ。

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 セッションの最後に,Kwong氏は哲学的な問いを投げかけた。「人工知能の時代に,人間の知能には何が残されるのか?」

 Shen氏は楽観的な立場から答えた。「私の夢はAIが医療の課題を解決することです。たとえば,もしスティーブン・ホーキング博士のような天才を50人分,AIで再現できるとしたら,資本主義社会はきっとその能力を活用していくでしょう。でも大切なのは,AIに“どこを目指すか”という正しい目標を与えることです。それができれば,AIは人間に奉仕する存在になれると信じています」

 Millar氏は,AIの今を「インターネット前夜」に例える。「25年前,人々は“情報の価値”を手探りで議論していました。今や誰もが情報にアクセスできます。しかしその一方で,アルゴリズムによって情報が歪められ,人々が誤導される時代にもなっています。AIも同じように,今後どう進化するかは予測できません。しかし私は,人間が“品質を見極める目”と“創造性”の面で,これからも不可欠な存在であり続けると信じています」

 最も示唆に富んだ回答をしたのはWaldron氏だ。「私たちは手に入りにくくて必要とされるものに価値を感じる生き物です。でも,もし“知能”が蛇口の水のように誰でもいつでも簡単に使えるものになったら──知能そのものの価値は下がっていくかもしれません。それなら,私たちはこれから何に価値を見いだすべきでしょうか?」

 Waldron氏は,AIツールを最大限活用している人とそうでない人の差は「好奇心と,新しい世界に合わせて人生とワークフローを再設計する意欲」にあると指摘した。そして,若い世代が毎回明確な優位性を持つ理由もそこにある。

 「AIが人間の望む問題を特定してくれるとは思えません。それは私たち人間が一緒に,あるいは小さなグループで決めなければならないことです。そして人間のつながりは,私たちが向かう世界でより希少になるでしょう。信頼,配信,さらには『ロボットがすべてをやってくれる世界で人生の意味は何か』という問いからも,それはますます重要になるのです」

 40分間のパネルディスカッションは,モデレーターのKwong氏の言葉で締めくくられた。「AI時代に私たちが守るべきは人間性です。私たち一人一人は血と肉でできている。AIや機械が置き換えられないのは,私たちの感情,感覚,思いやり,善意,そして未来への不確実性です

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 このセッションが示したのは,AIバブルの喧騒を超えた先にある,地に足の着いた技術革新の姿だ。Move AIは創造性を解放し,AK Virtualは言語の壁を越え,Open Game Protocolは新たな配信の形を模索する。それぞれが直面する課題――IP保護の困難さ,コンテンツの質の問題,規制の不可能性――を認識しながらも,人間の創造性を拡張するツールとしてAIを位置づけている。

 「ロボットタクシー,歩くロボット,ロボットが作った家,バーチャルガールフレンドがどこにでもある時代が来るでしょう。でも忘れないでください。私たちは人間です。私たちが持つ人間性を大切にしてください」

 Kwong氏の最後の言葉は,技術の進歩に浮かれることなく,その本質を見据えることの重要性を改めて思い起こさせる。AIは確かに革命的な変化をもたらしている。しかし,それを使いこなし,意味を与え,価値を生み出すのは,依然として人間だ。このパネルディスカッションは,AIの「今」を正確に切り取り,バブルでも幻想でもない,現実の革新を見せてくれたのではないだろうか。

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