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IVS2025で語られたショートドラマの新潮流。日本発グローバルヒットへの挑戦
中国発の課金型ショートドラマが世界を席巻する中,日本市場ではどのように戦い,さらには日本発のグローバルヒットを生み出すのか。最前線で活躍する登壇者たちが,熱い議論を交わした。
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まず「ショートドラマ」をざっくり説明すると,1話あたり1〜2分程度の短い動画で構成されるドラマシリーズのことだ。従来のテレビドラマとは異なり,スマートフォンでの視聴を前提とした縦型動画で,通勤・通学の電車内やちょっとした休憩時間に楽しめるのが特徴である。
世界市場は2024年時点で約1.9兆円規模に達し,日本市場だけでも約700億円と急成長している。ReelShortやDramaBoxといった専用アプリでは,最初の数話を無料で視聴でき,続きを見るには1話あたり数十円の利用料やサブスクリプション契約が必要になる。
ある種,ゲーム業界的な「基本無料+アイテム課金」の概念を,動画コンテンツに応用したようなビジネスモデルともいえる。
現在の人気ジャンルは恋愛/ロマンスが31%と最も高く,次いでファンタジー/SF(22%),サスペンス/ミステリー(14%)と続く。
ユーザー層は18〜34歳の女性が中心で,平均視聴時間は1日43分。就寝前の時間帯(22時〜0時)に最も視聴されており,「寝る前のちょっとした楽しみ」として体験が定着しつつある。
本セッションのモデレーターを務めたのは,テレビ朝日で新規事業を担当する井木康文氏だ。自身も中国系プラットフォーム「ショートマックス」で3作品を手がけ,KDDIとの協業で無料配信型ショートドラマ「好きドラ」を展開している。韓国のショートドラマ表彰イベントでも評価を受けるなど,課金型/無料型の両面から同市場を知る人物だ。
セッション冒頭では,各登壇者から,現在の日本ショートドラマ市場の盛り上がりについて見解が示された。
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岡氏は「日本の制作では5日間で5話くらいですが,中国では5日間で60話。制作スピードからして根本的に違う」と言及。
こうした中国式の制作手法を日本のコンテンツと融合させることで,これまでにない新たな可能性を模索しているそうだ。
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「中国では『トラフィック』と呼ばれる課金ポイントの作り方が確立されている。『んなわけないやろ』というような展開が課金につながる。ただ,それをそのまま日本に持ってきても違和感がある」(谷氏)
ここで言うトラフィックとは,視聴者が思わず続きを見たくなるような感情的な引っかかりを作る仕掛けのこと。例えば,主人公が理不尽な目に遭ったり,衝撃的な展開が起きたりする場面で,次話への課金を促す。作劇ではクリフハンガーなどと言われる描き方だ。
これは,中国では「投流(とうりゅう)」と呼ばれ,ROI(投資対効果)を重視した科学的なアプローチとされている。
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「日本市場は大きく2つに分かれている。日本の制作会社が作るものと,中国系プラットフォームが展開するもの。その間には大きな壁があり,融合がまだできていない」(董氏)
董氏は,中国で成功している「投流ポイント」が日本では機能しない理由について,「中国の文脈では『あり得る』と思える展開が,日本人には違和感として受け取られる」と指摘した。この文化的ギャップを埋めることが,日本市場成長のカギになるという。
では,実際にどうすればショートドラマは成功するのか。岡氏は具体的なSNSマーケティングの手法を明かした。
「TikTokでバズるには,まず視聴維持率が重要。最初から最後まで見た人が35%以上いれば,基本的にコンテンツは伸びる。そのためには『親指を止める』こと,つまりスクロールを止めてもらうことから始まる」(岡氏)
さらに重要なのが「神コメ」(神コメント)の誘発だという。「コメント欄が盛り上がれば,コメントを見る人が増える。コメントを見ている間も視聴時間にカウントされるので,視聴維持率が上がり,おすすめに載りやすくなる」とする。
実際,同社では「神コメリスト」を作成し,どんなコメントが生まれるかを逆算してコンテンツを制作しているそうだ。中国の大手制作会社でも同様の手法が取られており,「神コメ」のリストを毎日確認してシナリオ制作に反映させているという。
さらにセッション後半では,日本発のグローバルヒットの可能性についての議論が交わされた。
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谷氏は「ショーランナー」という独自の役職を導入していることを説明した。「ショーランナーはプロデューサーに近いが,課金ポイントに関しては監督よりも強い権限を持つ。『ここをこう撮れば絶対に人は課金する』という知見を持った専門家」だという。
また,グローバル展開に向けては「日本ならではの文化を入れること」が重要だと語る。「相撲や歌舞伎,日本舞踊など,日本の伝統文化を作品に取り入れたい。アメリカなどにローカライズして展開する際,日本文化は世界的に注目されている」(谷氏)
岡氏はSNSでの検証を進めており,「BL(ボーイズラブ)と日本の学園もの(学生服の登場人物が現れるドラマ)」が海外でとくバズっていることに気付いた。TikTokで見ても,コメントの半分以上が海外からで,とくにアジア圏は日本と文化が近いので,学園ものが刺さるそうだ。
興味深いのは,BL作品への需要の高さだ。「若い男性俳優から『BLに出たい』という連絡が本当に多い。バズると海外(主にタイなど)ファンとのイベントでものすごい人が集まる」(岡氏)。中国や中東では規制されているジャンルだが,潜在的な需要は高いようである。
董氏は日本独自の強みとして「季節性」を挙げた。「夏にはホラー作品がはやるなど,季節と連動したコンテンツ消費は中国にはあまりない。これは日本らしいポイントになる」という。
一方で課題も明確だ。谷氏は「現在は商品を作っているイメージ。これに日本の撮影技術や演出を融合させれば,作品として良いものができる」と,現状の課金型ショートドラマがまだ「商品」の域を出ていないことを認めた。
岡氏は日本の若者の特性にも着目する。「SNSで比較対象が世界中に広がったために,日本の若者は自己肯定感が低い。だから主人公も自信がない設定にして,徐々に成長していく物語が刺さる。中国の定番『復讐もの』や『身分隠しもの』とは違うアプローチが必要」と分析した。
最後に岡氏は,新たな挑戦として「オフラインでの行動変容」を掲げた。「オンラインで人の行動を変えることは得意になった。これをオフラインでもできれば強い」とコメント。実際,リアルイベントの開催などにも着手しており,ショートドラマの可能性を広げようとしている。
セッションを通じて見えてきたのは,ショートドラマ市場が単なるブームではなく,新たなエンターテイメントの形として確立しつつあるということだ。中国の制作ノウハウと日本のコンテンツ力,そして各国の文化的特性を理解したうえでのローカライズ。これらを高いレベルで融合させられれば,日本発のグローバルヒットのチャンスもありうる。
実際,市場規模を見ても成長は目覚ましい。2023年に約300億円だった日本市場は,2024年には約700億円と倍以上に成長し,2025年には1200億円に達すると予測されている。この急成長を支えているのが,平均ARPU(ユーザーあたり収益)が月額350円〜1200円のマネタイズ力だ。
ショートドラマは今,黎明期から成長期への転換点にある。各社の挑戦が実を結べば,ゲームが世界市場を開拓したように,ショートドラマでも日本発のグローバルヒットが生まれる日は,そう遠くないかもしれない。
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