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ゲーム業界が成熟期を迎えた今こそ知りたいMBAのこと。気になるコストとリターン,そして開発での有用性を探る[CEDEC 2025]
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欧米では経営者やマネージャーにとって必須とも言えるMBAだが,日本のゲーム業界においては技術やクリエイティビティが重視され,その有用性が十分に認識されていないのが現状である。なかには「そもそもMBAってなに?」という人もいれば,「ゲーム開発にMBAは役に立つの?」と懐疑的な人もいるだろう。
本セッションでは,小保田氏がMBAを取得した実体験をもとに,取得までにかかるコストや学習スケジュール,得られるベネフィットなどが語られた。どのような知識やスキルが身につき,ゲーム開発の現場で活かされるのか。今注目されるべきMBAの世界を見てみよう。
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なにを学び,なにを得て,なにを失うのか
MBA取得の気になるコストとリターン
「そもそもMBAとはなんぞや」という人のためにおさらいしておくと,MBAとは「Master of Business Administration」の略語であり,日本では経営学修士または経営管理修士と呼ばれている。資格のようなものと思われがちだが,専門性の高い経営学を修めた者に授与される学位のことである。取得するには基本的にビジネススクール(大学院)へ通うことになるのだが,スクールによってはフルタイムでの受講コース以外にも,仕事を続けながら学べるコースも用意されている。
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小保田氏が受講したのは,名古屋商科大学のExecutive MBAコースで,社会人経験10年以上を対象とした“週末集中型プログラム”だ。企業が直面する経営課題を題材に,自らが意思決定者の立場で分析,討議を行う,ハーバード流ケースメソッドが学習の中心となっている。氏は2年間で約180のケースを分析し,組織論,ファイナンス,リーダーシップ,マーケティングなど幅広い分野を学んだという。
ケースメソッドとは,実際のビジネスや組織で起こった出来事を題材にしたケース教材を用い,受講者がグループで議論しながら,問題解決能力や意思決定力を高める教育手法
。ケース上の主人公は何らかの意思決定の分岐点に立っており,学習者はその立場で意思決定を考える。
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週末集中型プログラムは土日各8時間の授業参加が必要になり,2週間で1科目を完結させるイメージだ。ただ週末通えばいいわけではなく,平日は仕事+3時間の予習,土日は授業へ。さらに,授業の前日と当日には提出用のレポートを作成するなど,こなすべき学習スケジュールはかなり過酷である。
また卒業するには,約50ページのケースライティングを行わなければならない。これは自分自身でケースを作成する課題で,それを学校に寄与することで次世代へとつなげる試みなのだとか。小保田氏が半年かけて完成させたと話していたことからも,相当に大変な課題であることがうかがえるだろう。
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得られるものもあれば,失うものもあるとして触れられたのが,MBA取得にかかったコストについてだ。金銭的コストとしては,2年間の授業料が約350万円。それに加え,旅費や書籍代などの諸経費が発生する。ただし,政府の補助金制度を利用すれば約110万円の支援を受けられ,実質的な負担は軽減される。
2年間の学習に費やしたのは約2000時間。過密な学習スケジュールからも推察できるように,行事や出張,飲み会には参加できず,在学中は多くのイベント参加の機会をロスすることになったそうだ。
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失うものは決して少なくはないが,得られたリターンは多く,その価値はプライスレスであると小保田氏は話す。経営に関する基礎力の獲得はもちろん,学び続けるための力と姿勢を得られたことで,以前は理解できなかった専門的な議論や書籍を,“意味のある形”で理解できるようになったのは大きな収穫だったという。
卒業後も価値を生み出し続ける継続的なベネフィットとして,教授に意見を求められるサポート環境,他業種とのコネクションが挙げられた。なかでも,共通言語と認識を持ち,リーダー目線で濃いコミュニケーションをとれる仲間を得られたことは,大きな資産になったと氏は強調する。
注意したいのは,MBAを取得したからといって優れたマネージャーや経営者になれるわけではないことだ。小保田氏は「リーダーとして学ぶべきは,過去の答えではなく“不確実な中でも前に進んでいける姿勢”である」とし,MBAの取得を通してその源泉を得られたと述べている。
MBAはゲーム開発に役立つの?
かつてのゲーム企画は,面白いメカニクス,魅力的なキャラクター,独自の世界観といった要素を中心に組み立てられ,最後に収益予測を付け加える程度であった。しかし現在では,自社の強みをどう活かすか,他社とどう差別化するか,どの競争軸で勝負するかといった戦略的視点が不可欠となり,クリエイティブと戦略的なマーケティングの両面の視点が求められるようになった。
さらに,企画立案の段階で考慮すべき要素も多角化している。企画がゲーム単体で完結することは稀であり,映像,出版,物販,イベントなど,さまざまなメディアやビジネスとの連携を前提とするケースが多い。これらの異なる業界の利益構造や財務構造を理解したうえで企画を立案する必要があり,MBAで学ぶ業界横断的な基礎知識が役立つ場面は多いという。
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同時に,多様性を持ったチームメンバーの採用にはじまり,継続的なモチベーション管理といった組織マネジメントは,ゲーム開発の現場でも実践的な意味を持つようになってきた。 とくに運用型タイトルの増加により,組織の構築,維持,モチベーション管理を継続的に行う必要が生じている。これに財務管理や収益管理が加わることで,プロジェクト運営はもはや「ほぼ経営そのもの」と言っても過言ではない状況だと小保田氏は話す。
現在のゲーム業界は,定価が変わらない中でユーザーの無限の要求に応え続けるという構造的課題を抱えている。この状況に対し小保田氏は,事業としてこの課題に向き合うには深化(最適化)と進化(イノベーション)の両立が必要であると指摘する。また,構造的課題に対応しながら,新たな競争領域で事業戦略を立てていく点では,MBAで得られる視点が役立つという。
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MBAは役立つ,しかし“銀の弾丸”ではない
小保田氏はMBAの有用性を語る一方で,その限界にも触れている。氏の「決して銀の弾丸ではない(※)」という言葉が象徴するように,MBA教育は企業経営に必要な知識を体系的に学ぶものであり,残念ながらゲーム開発の核心であるクリエイティビティは身につかない。
(※)銀の弾丸とは諸問題を一撃で解決する万能な解決策のこと。
「アート思考」や「エフェクチュエーション」といった概念を学ぶことはあれど,それによってクリエイティブ力が磨かれるわけではない。むしろクリエイティブな人材をどのように支援し,才能を最大限に引き出すかという知識が身につく。
また,MBAはノウハウを学ぶものではなく,How(どうやって)よりもWhy(なぜ)とWhat(何を)に焦点を当てられる学問である。具体的なゲーム開発のノウハウを学ぶならば,やはりCEDECやGDCのほうが適しているそうだ。
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よくある誤解として,「MBA取得=独立できる,会社を経営できる」という認識が挙げられ,小保田氏はこれを否定している。MBAでは独立や起業に関する知識,ベンチャーキャピタルや銀行の考え方,さまざまなステークホルダーとの関係構築方法などを学べる。しかし,それは独立の準備が整ったことを意味しているわけではない。
小保田氏は,「MBAの取得は“頑張っているけど成果が出ない”を避ける視座を得る手段」とし,さまざまな競争軸の進化に向き合う必要がある今だからこそ,「自分の限界を押し広げるためのツールとして利用してもらいたい」とコメントし,セッションを終えた。
「CEDEC 2025」公式サイト
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