
インタビュー
情報系スマートグラス「Even G1」は何ができ,どんな体験ができるのか? 開発元のCEOに聞いてみた[TGS2025]
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しかし,ゲーマーを含む一般消費者がよく目にする製品は,実際には視野を覆って映像を表示するディスプレイとしての機能を重視しており,リアルな視界の上に映像や情報を重ねることを重視したものはあまりない。
詳しい人なら,「Ray-Ban Metaがあるだろう?」と思うかもしれないが,そもそも日本向けには売っていないので,今は除外しておく。
一方,産業用ARグラスには,作業をしながら視界内に情報を重ねて表示する機能を重視した製品もある。ただ,これらは一般消費者が,日常的に着用して使うようなものではない。
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ベンチャー企業であるEven Realities(イブン・リアリティ)が製品化した「Even G1」(イブン ジーワン)シリーズは,視界の上に情報を重ねて表示するスマートグラスとしては珍しく,一般消費者をターゲットとした製品だ。
価格もスマートグラスとしては安価な,599ドル(約8万8600円)で,度付きレンズを付けると150ドル(2万2200円)追加となる。度付きレンズ付きで約11万円といったところか。
後段でも触れるが,Even G1の特徴は,とにかく自然な眼鏡のデザインから逸脱していないこと。知らない人が見ても,これがARグラスだとは思わないほど自然な眼鏡の見た目だ。
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斜め横からの写真で見ると,映像を反射表示するための反射部が見えるので,普通の眼鏡ではないことが分かる。だが,真正面からでは,情報表示中でもほぼ見えない。
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本体重量は約40gで,バッテリー駆動時間はなんと平均1.5日,36時間もあるという。もちろん実際には,どれくらいの時間,情報を表示しているかによって変わってくるはずだ。
映像投影部は,眼鏡の智(とも)部分にあり,プロセッサとバッテリー,タッチ操作用センサーなどは,モダン(※つるの先端部)に組み込まれている。
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映像表示部分の解像度は,640×200ドットで,視野角は25度,リフレッシュレート20Hzで緑の単色表示となる。カラー表示はできない。
「そんな低解像度で単色,視野角の狭いディスプレイで何ができるの?」と思うかもしれないが,表示部が横方向に長いので,文字情報であればけっこうな文字数を表示できるし,スマートフォンの通知や,ちょっとした地図を表示する程度なら問題ない。
解像度の数値が低いので,文字がぼやけてたりドットが粗かったりするように思うかもしれないが,実際に見ると驚くほど鮮明だ。
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サングラス型ディスプレイのように,没入感の高い映像で目の前を占める機器ではなく,邪魔になりにくい程度の情報を,必要に応じて目の前に表示するための機器である。
「現状の情報系スマートグラスでは最も優れる」と評する声もあるほどだ。
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Even G1は,基本的にスマートフォンと連携して動くスマートグラスで,スマートフォン上で動くアプリを使って,通知やテキストを表示したり,地図やナビゲーション情報を表示したりする。
内蔵するセンサーで,ユーザーの頭の動きを検出できるので,たとえば前を見ながらミニマップとテキストでナビゲーション情報を見つつ,ちょっと上を向くと,全体で地図を表示するという使いかたも可能だ。
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グラス側にマイクを内蔵しているので,目の前の人と会話しながら,相手の言葉をリアルタイムで翻訳するなんてこともできる。
つまり相手の会話を即時翻訳,目の前に表示したり,歩いている街の地図とナビ情報を眼鏡で見られたりするという,未来的なアイテムがEven G1なのだ。
ゲームに特化した機能はないが,PCでゲームをプレイ中に,スマートフォンで受信したDiscordのメッセージを,Even G1に表示するなんてことも,アプリ次第で可能になるだろう。
眼鏡のレンズ部分には,反射部を組み込む必要があるので,Even G1には特殊なレンズが必要だ。そのため眼鏡ユーザーがEven G1を購入するときは,あらかじめ眼科で眼鏡用の処方箋を作っておき,Even Realitiesの直販Webページで,レンズ製作に必要な情報を入力して作ってもらう必要がある。
その点では,現状では,購入のためのハードルは高めだ。
また,目の前を撮影するためのカメラは備えていないし,スピーカーもないので音楽を聞く用途にも使えない。文字主体の情報を表示するのに特化した製品といったところか。
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Wang氏は,Appleでスマートウォッチの代表格「Apple Watch」などの開発に携わったのち,AnkerやOppo,JMGOといった企業で製品開発を担当。その後,自ら起業してEven Realitiesを立ち上げたという経歴の持ち主だ。
彼は何を目指してスマートグラスを開発したのか。そしてEven G1では何ができるのか。今後の展開は,などについて聞いてみた。
4Gamer:
今回は,TGS2025を視察しに,日本にいらっしゃったのでしょうか。
Will Wang(以下,Wang)氏:
それもありますが,今,私共の製品を日本のユーザーさんが購入しようとした場合,弊社のオンライン販売でしか買えません。今回の来日は,正式に流通と販売を担当してもらえる販売代理店を探すという目的もあります。
4Gamer:
それは楽しみですね。
基本的な質問になりますが,そもそもスマートグラスを自分で作って,世に出そうと思われたきっかけってなんでしょう。
Wang氏:
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たとえば私は,Apple Watchの開発に携わっています。
Apple Watchというのは,テクノロジーの面もあるし,ファッションでもあるし,健康に役立つものでもあるという複合的な製品です。そういった製品についての知見を,Appleで得ました。
眼鏡というのは,常に身につけるものですから,スマートグラスは,製品として一番高い技術が必要になります。
当時は大きな企業でも,そうした高い技術が必要なスマートグラスには注力していなかったので,「よしやろう!」ということでトライしたわけです。
4Gamer:
業務用で,たとえば片目につけて,工場の作業員がいろんな情報を見ながら作業をするような,BtoBのスマートグラス製品は,すでにたくさん出ていますよね。
しかしEven G1は,どちらかというと一般消費者に向けたBtoCの製品である,という理解は正しいでしょうか。
Wang氏:
そうです。ちょっとハイエンド市場向けですので,ファッションやテクノロジーに敏感という消費者をターゲットにしています。
4Gamer:
新しもの好きの人ですかね。
Wang氏:
セレブみたいな感じの,あるいはハイクラスのプロフェッショナルな人。要するに,企業のCEOとか政治家とか,弁護士さんとか大学の教授とか,そういう方たちに使ってほしいと考えています。
4Gamer:
一般消費者向けに,Even G1を作るにあたって,心がけた点はなんでしょうか。これまでのBtoBの製品とは違うアプローチが,当然必要だと思うのですが。
Wang氏:
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業務用製品ではないということは,日常の眼鏡として機能する。日常にちゃんと役立つというところに注力しています。
なので,ディスプレイが見えるスマートグラスの機能もありながら,日常で使わなければいけないので,デザインにはものすごく気を使いました。
薄くないといけないし,スリムじゃないといけない,軽くないといけないと,そういうところにもすごく注力して作りました。
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だから特徴としては,私たちが普段,1日中でもきちんと使えるようにしているところです。やっぱりBtoBのスマートグラスって,別に使い心地がいいわけではないじゃないですか。
4Gamer:
仕事のときだけ使えればいいですからね。
Wang氏:
そうですね。Even G1にはいろんな機能が付いていますけれど,もし,これらがなかったとしても,スタイリッシュで毎日かけたくなる。そういうかっこいいデザインの眼鏡を目指しています。
4Gamer:
確かに,普通にかけていらっしゃっても,この製品のこと知らない人は,これがスマートグラスだとは絶対に気づかない,というレベルですね。
Wang氏:
身につけていて「なんか不自然……」となったり,それを指摘されたりしたら,身につけたくなくなるかもしれない。そういうのは避けたいのです。
だから,それと分からないスマートグラスをかけたい。なので,日常使い的な眼鏡のデザインにしました。
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カメラマン 林 佑樹氏(以下,林氏):
写真を撮ったり,撮った写真を見たりしていて思ったのですけど,角度によっては,レンズ上のスクリーン(※映像を反射して目に届ける部分)が,光を反射して青っぽく見えるんですね。斜めからでも。
その点は,(ユーザーや周囲の人から)指摘されるかもしれませんね。
Wang氏:
はい。普通の,正面からのアングルなら写らないです。
今,カメラを使っていろんな角度から見てらっしゃるからだと思います。普通の人は,横から眼鏡を覗いたりはしないので,バレないです。
4Gamer:
Even G1は,眼鏡のレンズ部分が,結構特殊な構造になっているという話を聞きました。そうなると,日本でこの製品を買いたいと考えたとき,たとえば私が,自分用に度の入ったレンズのEven G1を作ろうとした場合は,どうすればいいのでしょう。
日本では,サングラス型ディスプレイやARグラス向けの度付きインサートレンズを,専門に手がけてらっしゃる眼鏡屋さんもあるのですが,そういうところに依頼すれば,作ってもらえるものなんでしょうか。
それとも,度付きレンズについては,御社に依頼しないと作れないのでしょうか。
Wang氏:
私共は自社工場を持っているので,そこですべてカスタマイズして作ります。
度付きレンズの度数は,人によって違うので,今のところは,日本からオンラインで度数のデータを入力してもらい,それをもとに私共で制作いたします。
4Gamer:
日本の眼鏡レンズ用の処方箋を眼科で作成してもらい,その書面にあるパラメータを注文画面で入力していけば,注文できるという理解でよろしいですか。
Wang氏:
はい,そのとおりです。
4Gamer:
Even G1は,いろいろな機能がありますが,Wangさんが1番気に入ってる使い方ってありますか。
Wang氏:
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こうして話をしているときでも,「そろそろ次にどこかへ行かなきゃいけませんよ」とか,そういう大事なスケジュールが分かる。それが1番,私が気に入ってる機能です。
もうひとつ,「Even AI」と呼ぶAI機能も,眼鏡の機能に入っています。これを使うと,グラスがスマートフォンにつながっていなくても,ChatGPTとかが答えてくれるので,このAI機能も気に入ってます。
4Gamer:
なるほど。Even G1用に,たとえば新しいアプリケーションを作りたいと考えた場合,そのためのソフトウェア開発キット(以下,SDK)は,公開されているのでしょうか。
Wang氏:
SDKを用意しています。個人でも企業でも,SDKとEven G1を使って,新しいアプリケーションを作れます。
4Gamer:
そういう場合,制作したアプリケーションは,Even G1側にインストールするのでしょうか。それともペアになるスマートフォン上で実行するのでしょうか。
Wang氏:
スマートフォン上で実行して,グラス側と連携して表示します。
4Gamer:
先ほど試したデモでは,私の首の動きをEven G1が認識していたようですが,それはグラス内にセンサーが入っていて,動きを認識していたという理解は正しいですか。
Wang氏:
はい,加速度センサーが入っています。
4Gamer:
加速度センサーのほかに,Even G1に入っているセンサーって何かありますか。
Wang氏:
音を聞き取るためのマイクの機能もあります。
4Gamer:
ああそうか。だから通訳機能ができるんですね。スマートフォンのマイクで集音しているわけじゃないんだ。
私は4Gamer編集部の人間なので,「これをゲームプレイの中で生かすには?」ということを考えます。
ゲーマーがゲームをプレイしているときに,Even G1を生かしたいと思ったときに,なにかうまい使い方ってありますか。日常生活の中,あるいは仕事の中で役立つ用途は,いくつも思い浮かぶのですが,ゲームをやるときにEven G1のうまい使い方ってあるのかなと。
Wang氏:
そうですね……。ゲーマーが,家でPCを使ってゲームをプレイしているときは,多分,この眼鏡は必要ないと思います。旅行に行ったりとか,外に出たりしているときに,ゲームをそこでしたいなと思ったら,使えるかもしれません。
4Gamer:
ひとつ考えたのは,ゲームをプレイしながら「Discord」でチャットをするときに使えそうだなとは考えました。
Wang氏:
Discordのチャットをグラスに表示して,PCディスプレイはゲームに集中するという使いかたはありですね。
私共も,Discord上に開発者向けコミュニティを開設しておりまして,ソフトウェア開発者の方々とコミュニケーションを行っております。
林氏:
PCの画面情報をスマートフォン上のアプリに送り,プレイ状況を解析して攻略情報をグラス側に表示するということはできそうですね。
4Gamer:
そうですね。Microsoftが開発中の「Gaming Copilot」のようなAIアシスタントと連携して,テキストでの攻略情報をグラスに表示するという使い方もありかなと考えます。
Wang氏:
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そうなると,常にグラスを使ってもらわなきゃとなるので,グラス側は軽かったり,つけて快適だったりという点にフォーカスしていきます。そうすれば,ソフトウェア開発者の方々が,Even G1を使ったアプリを開発してくれるだろうと思っています。
Even Realitiesの広報担当者(以下,広報):
eスポーツ大会で使うというのはできませんかね。仲間と何かをするのに使うとか。
4Gamer:
技術的には可能ですよね。大会のレギュレーションに違反しないのであれば,プレイヤー全員がグラスをつけて,リアルタイムで情報交換をしながら戦うというアイデアはどうでしょう。
Wang氏:
それは楽しそうですね。私もeスポーツイベントを視聴することがあります。「League of Legends」のプレイヤーなので(笑)。
林氏:
あるいはオーディエンス向けに,選手が試合中に話してる内容が聞こえて,リアルタイムで画面に出てくるというのも面白いですね。ファンをうまく巻き込んだほうが,ヘンなものが出てくる可能性は高まります。
広報:
好きなプレイヤーの情報が表示されたりするということですね。
Wang氏:
リアルタイム翻訳の機能もありますので,外国のプレイヤーが日本に来たときに,グラスで日本語を翻訳できるという使いかたもできるでしょう。
4Gamer:
将来についての話もお聞きします。Even G1が世に出てから,いろいろなフィードバックを受けていると思います。あるいは,本当はこういうこともやりたかったけれど,今回は諦めた機能もあったと思います。
今後はどういう方向性で,Evenの製品を進化させていきたいと考えていらっしゃるのでしょうか。
Wang氏:
今のスリムでスタイリッシュで軽くて,というところを維持しながら,機能も増やしたい。センサーの精度も上げたいし,ディスプレイのクオリティも上げたいですね。
いろいろなアプリでAIのサポートを使い,たとえばグラスから「Uber Eats」で食事を頼めるとか,会議のアジェンダをまとめたり,予約をしたりとかも,これで完結するようにしたい。
もっと使い勝手を良くして,日常生活での機能も強化していく。そうすれば,皆がこのグラスを使うことで,なんでも完結するプロのアシスタントみたいなものを実現できるでしょう。
グラスですべて完結してしまえば,もういちいちスマートフォンを見て何かをする機会も多分減るでしょう。そういうグラスで完結するようなものを目指しています。
それを実現していくことで,この業界でナンバーワンのリーダーになることを目指しているのです。
4Gamer:
答えてもらえないかもしれませんが,このセンサーは入れたいな……と考えているものはありますか。
Wang氏:
2〜3個あるけど,まだ言えませんね。
ただ,いろいろな人に「カメラ機能は?」と聞かれるのですが,これは入れません。
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4Gamer:
なるほど。カメラがあると,できることは多いですよね。しかし,社会に受け入れられなくなる可能性も高くなると懸念されます。
Wang氏:
そうです。プライバシーにも関わるので,(グラスユーザーの)周りにいる人が,居心地が良くなくなる可能性があります。だからカメラは入れません。
4Gamer:
ちょっと話がそれますが,つい先日,Metaが新しいスマートグラス(※Meta Ray-Ban Display,国内販売の予定なし)を発表しましたよね。あれを見てどう思いましたか。
Wang氏:
あれは,エンターテインメントにフォーカスしていると考えます※。私たちのグラスは日常生活で使えるものです。Metaのグラスは日常でずっと使うものではないので,そこが違いますね。
※Meta Ray-Ban Displayは,カラーディスプレイとカメラ,スピーカーを内蔵しており,動画や写真,音楽の再生,写真の撮影,ビデオ通話などを行える。ただし,バッテリー駆動時間は最大6時間程度に留まる。
4Gamer:
将来的に競合していく可能性は,あると思いますか。
Wang氏:
自分たちにとって,第一の競合相手だと思ってるのがMetaで,第二がAppleですね。
だけど,スマートグラスの優れたデザイン,優れた技術,優れた使用法では,私たちのほうが優れているという自信があります。
4Gamer:
そもそも,Metaのスマートグラスは,日本向けに販売していないので,同じ土俵にはありませんしね。
Wang氏:
Metaのスマートグラスはカメラがあるので,多分日本で売るのは難しいのではないでしょうか。
Even G1は,ヨーロッパで非常に売れているのですが,それはカメラがないからです。ヨーロッパだと,プライバシー侵害の懸念で,カメラ付きの眼鏡は売れないのですね。
プライバシーへの懸念という点では,日本も似たような環境ではないでしょうか。
4Gamer:
なるほど。よく分かりました。
Even G1製品情報ページ(英語)
4Gamerの東京ゲームショウ2025記事
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