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「ドキドキAI尋問ゲーム」の開発から見えた,生成AIを主役にした作品でのビジネス&ゲームデザインのカタチとは[CEDEC 2025]
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セッションのスピーカーは,「ドキドキAI尋問ゲーム」の制作・販売を行う,もしもボックスの代表取締役,山田裕希氏だ。ゲーム開発にAIを活用するだけでなく,ゲーム自体の骨組みにAIを使うという決断が何を引き起こしたのか,興味深い事例の詳細が明かされたセッションだった。
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10万円のAPI利用料を反省し
まずはビジネスとして成り立つことを目指す
山田氏はまず,メインテーマである「ドキドキAI尋問ゲーム」の概要と,そのリリース時にどのようなトラブルが発生したかについて語った。
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本作は,警察官となったプレイヤーが殺人事件の容疑者を尋問して,犯行を自白させることを目的とするアドベンチャーゲームだ。大きな特徴はゲームの基本動作にChatGPTが使われていることで,プレイヤーが自由な言葉(文章)で容疑者を尋問できるだけでなく,その容疑者の反応もAIによってリアルタイムに生成されるため,プレイヤーごとにまったく違うゲーム体験ができることにある。これにより,開発者が事前に用意した文章が決められたタイミングで表示される,スタンダードなコマンド選択式のアドベンチャーとは一線を画する遊びを楽しめるわけだ。
しかし,販売に関しては,かなりの紆余曲折があり,苦労したという。
本作は2023年の3月に無料ゲームとして公開されたが,ゲームの中核であるChatGPTのAPI使用料が3日間で10万円に達し,あっと言う間に公開を停止せざるを得なくなってしまった。その後,同年4月にSteamでの販売に動き出したが,そのときは生成AIを使用したゲームの販売が禁止されていたため,そこで事態はまったく動かなくなってしまう。
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転機が訪れたのは翌年で,2024年の1月にSteamで生成AIを利用したゲームの販売が突然,解禁される。そのおかげで同年5月,ようやく販売にこぎ着けられたそうだ。
この経験から山田氏は,ChatGPT(AI)を使用したゲームにはそれぞれ,「ビジネスデザイン上の工夫」と「ゲームデザイン上の工夫」の両方が必要だと語った。
まず前者のビジネスデザイン上の工夫だが,これは「ChatGPTのAPI使用料」が最大の課題だった。ビジネスモデルとしては,広告や課金モデルなども考えられたものの,本作はシンプルな買い切りとしたため,「API使用料 < 販売利益」を目指さないと話にならない。
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先に取り組んだのはAPI使用料の削減で,プロンプト最適化のため1文字でも短くする作業と,英語への変換を行った。英語化は単純に,同じ文字数でも(あるいは多少文字が増えても)英語の方が料金が安かったからで,この作業にもChatGPTが使われたという。
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次に取り組んだのは,AIに記憶させる会話の履歴を減らすことだった。履歴が充実しているほど会話の精度は高くなるが,「尋問」という特殊な会話であったため,直近の1〜2回を残しておけば,十分にゲームが成立することが確認できた。
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最後はゲーム設計に関することで,事件を1つだけにし,明確にエンディングがあるなど,きっちりとした終わりが訪れるような仕組みに変更した。あえて「(いずれ)やることがなくなるゲーム」にすることで,永久にプレイできる状態を避けたというわけだ。
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コスト削減とは逆の,販売利益を高める手段だが,これは要するに価格の決め方であり,特別なことはしていないそうだ。
まず,無料ゲームとして配布した際のデータが残っていたので,1ユーザーがどれのほどのAPI使用料になるかは,十分に試算できた。Steamには,地域に応じた価格設定を自動で行う便利な機能があるが,こちらはあえて使わなかったとのこと。ChatGPTのAPI使用料は国によって変わらず世界共通なので,手動で全世界同一価格にしている。
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また,Steamには定期的に大規模なセールがあり,これによって販売本数が大きく変わるため,上記を踏まえ,あえて将来のセールを見込んだ余裕ある価格設定を選択した。これらの工夫により,ビジネスとして成り立たせることができたと山田氏は語った。
生成AIをシステムに組み込む際は
ゲームデザインにどんな工夫をするべきか
続いて山田氏は,もう1つのポイントであるゲームデザイン上の工夫に話を移した。
ゲームデザインの最大の課題は,「ChatGPTをコントロールできない」ことだったという。本作の魅力は相手(尋問対象)がプレイヤーに何を返すのか(自動生成なので)予想できないことにあるが,これは作り手にとっても同じで,具体的には開発中に「展開にメリハリがつかない」「言ってほしいことを言わない」「(逆に)言ってほしくないことを言ってしまう」という問題に悩んだ。
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展開にメリハリがつかず単調になるという課題は,「fear」(恐怖値)という感情パラメータを設定し,それを増減させることで解決したという。セリフと同時に数値を出力し,恐怖値が高いと追い詰められた状態に,逆に下がると安全な(プレイヤーから見ると自白させられない)状態とした。
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この恐怖値はゲームの多くの要素に連動しており,例えばゲームの進行度を表す自白確率ゲージは,恐怖値と同調する形で動作し,ナビによる助言もゲーム後半(容疑者の恐怖度が高い状態)になると過激な発言をプレイヤーに促すようになる。
また画面エフェクトや容疑者のモーションも,現在の恐怖値によって変わるようにした結果,メリハリがついた展開を実現できたという。
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また,言ってほしいことをAIが言わないという問題は,そうした重要部分はAIに任せず,「一見AIが返しているように見えるが,実際は固定テキストで複数のパターンを作っておく」という仕組みにしたそうだ。AIに任せると本来自白する場面でも否定し続けたり,尋問が終わって終了する部分でもまだ会話を続けようとするなど,「見せ場で締まらない」ことがたびたびあった。シチュエーションが決まり切っている場面では,あえてAIに任さないという割り切りも重要,ということになるだろう。
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そして,言ってほしくないことまで言ってしまう事態とは,AIがすぐに真相を話すという,こちらもなかなか厄介なトラブルだった。山田氏は「ChatGPTは口が軽い」と述べ,事件の真相のような核心情報をAIに与えると,尋問どころか,聞かれてもいないのにそれをすぐ喋ってしまったという。
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こちらも,言ってほしいことを言わない問題と似たような形で,そもそもAIに任せない,要するに「意図的に情報を与えず空白にし,プレイヤーとの対話の中で真相を(その場で)作ってもらう」というデザインにした。
表示されたスライドによれば,AIに与えたのは「(事件のことは)酔っていたため記憶がなく,気がついたら家で寝ていた」という情報だったらしく,確かにこれなら真相は話しようがない。
さまざまなパラメータを設定して調整を行うのは,AIゲームに限らない工夫だが,その一方で,本当にクリティカルな部分はあえてAIに任せなかったり(自白部分),逆に意図的に曖昧な部分を作って大胆にAIの答えに任せてしまったり(真相の漏洩禁止)といった部分は,まさにAIが主軸となった「ドキドキAI尋問ゲーム」ならではのものではないだろうか。
AIだからこそできる新しいゲームとは
最後に山田氏は,本作で目指したのは「AIだからこそできる新しいゲーム体験」だったと振り返った。
ゲームを開発した時点で,ChatGPTを使った作品はほかにもあったが,TRPGや人狼など,すでにある体験をAIで再現しただけだと感じていたという。これらはすでに面白さが確立したものであるし,何よりAIの挙動が不完全ではマイナスになるだけで,わざわざAIを使っても報われない。
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ならば「AIだからこそ」の新しい体験ができたり,あるいは,AIが不完全でもそれ自体が面白さにならないかと考え,それが本作につながったとのこと。そして,AIで新しいゲーム体験を作るヒントとして,「現実世界ではできない体験を,AIの力でゲームにする」「既存のゲームが選択肢で実現している体験の自由度を向上させる」「AIの不完全さを笑いやすいシチュエーションにする」という3つを挙げて,セッションを締めくくった。
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山田氏も最後のスライドで触れていたが,AIで開発を効率化させたり,人間の機能を代替させたりするといった側面だけでなく,AIだからこその,これまでにない新しいゲームが生まれてくることに期待したい。
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