業界動向
Access Accepted第841回:スペイン取材後記。バルセロナで感じたゲーム文化の鼓動
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現地時間2025年10月10日〜12日,スペインのバルセロナでゲームイベント「BCN Game Fest 2025」が開催された。豊かな文化と歴史を育んできたカタルーニャ地方のゲーム開発シーンは,まだまだ盛り上がりの前兆という雰囲気だったが,遊び応えあるラインアップや地元政府の施策により,今後の成長が期待できる市場だった。現地取材の雑感と共に,運営者であるダニエル・サンティゴサ氏へのインタビューを紹介したい。
大阪からスペインまでの長い道のり
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筆者はこの30年ほど出張で飛行機に乗ることは多いものの,国際線がいきなりキャンセルされた事例はない。あたふたしていると,約30分後に別のメールで「フライトが変更されました」と連絡が入り,当初の予定より3時間早い別の航空会社の便になったことを知った。
現在,筆者は大阪にある実家で単身赴任のような生活をしているが,すでに年老いた両親は免許を返納している。朝5:00に自宅を出発すれば公共機関でも間に合う計算だが,実際にはまだ最寄りの私鉄は運行していないし,ドライバー不足なのかタクシー会社も電話に出ない。4:00になるのを待って,近場の友人に電話をかけたが,これもとってもらえない。
家の前にスーツケースを運び出して,どうしたものか困っていると,「ガラガラガラ……」と雨戸を開ける音が聞こえ,早起きな近所のおばさんに送迎してもらうことができた。
よくよく考えてみれば,自分の車で空港に行って,高額な駐車料をエールフランスに請求すれば良かったのかもしれない。2時間も寝ていない状態で叩き起こされ,かなり気が動転していたようだ。通りすがりに会釈を交わす程度の関係だったご近所さんは,送迎のお礼を受け取ってはくれなかったが,帰国後にスペイン土産を持参して,あらためて不躾な頼みを快く受けてくれたことに感謝した。
バルセロナが秘める大きな可能性
前置きが長くなったが,バルセロナに着いたときにはすでにヘトヘトだった今回の目的は,“南ヨーロッパ最大級のゲームイベント”である「BCN Game Fest 2025」の取材だ。BitSummit the 13thに視察を兼ねて出展していたカタルーニャ州政府のブースを訪れたことが縁となり(関連記事),すでに4Gamerでは取材記事をいくつか掲載している。
4Gamer「BCN Game Fest 2025」記事一覧
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「スペイン産のゲーム」と聞いて,筆者のような古参ゲーマーが思い浮かべるのが,Pyro Studiosによる「コマンドス」(1998年)だろう。斜め見下ろし視点のマップで,異なる地点から複数のキャラクターを投入し,それぞれを戦略的に動かしながら,ステルスを駆使したり,敵ユニットと交戦したりして任務を遂行していく。「リアルタイムタクティクス」などとも呼ばれる新ジャンルの形成に大きく貢献した名作だ。
その後,Pyro Studiosはモバイルゲームなどに移行しながら2017年に廃業しているが,入れ替わるように登場したのがTequila Worksだ。コンシューマ機におけるインディーゲーム市場の盛り上がりと共に,「Deadlight」(2012年)や「RiME」といったヒット作品を送り出したが,Riot Gamesとの提携による「Song of Nunu: A League of Legends Story」(2023年)を最後に,2024年に破産申請をしている。
ちなみに,両社はスペインの首都マドリードを本拠にしていた。「Moonlighter」シリーズで知られるDigital Sunはバレンシア州にあり,ホラーアドベンチャー「The Occultist」を開発中のDALOAR(旧Pentakill Studios)はレオン州のバリャドリッドを拠点にしている。スペインのゲームデベロッパは,さまざまな地域に点在しているというイメージだ。
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独自の言語を持ち,政治・歴史的にもユニークなカタルーニャ州の人口は約750万人。州都バルセロナには約160万人,その都市圏では約548万人が暮らす一大商業圏である。学生数6万2000人というヨーロッパ最高学府の1つ,バルセロナ大学をはじめとする高等教育による豊富な人材も擁する。
また,ジョアン・ミロやサルバドール・ダリといった芸術家,サグラダ・ファミリア聖堂で知られるアントニ・ガウディ,都市計画家であるイルデフォンソ・セルダといった建築者を育むなど,近代の文化的影響力も高い。
それほどハイスペックな都市であるにもかかわらず,これまでのバルセロナではTake-Two Interactive傘下のモバイルメーカー,Social Pointがおよそ350人の従業員を抱える大企業に成長したものの,「ゲームの一大生産地」と呼べるほどの産業は形成されてこなかった。
カタルーニャ州の政府機関「Catalan Arts Digital Culture」を頂点にした産業育成の現状は,文化省でイノベーションおよびデジタル文化担当のゼネラルディレクターを務めるマリソル・ロペツ(Marisol Lopez)氏のインタビュー記事を参照してほしい(関連記事)。インキュベーションプログラムであるGameBCNをはじめ,さまざまな施策の成果が徐々に出始めているようだ。
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イベント運営者インタビュー
若い世代がゲーム文化を身近に感じられるように
BCN Game Festは,2017年から開催されてきたインディーゲームイベント「IndieDevDay」をバックボーンにしており,今年からCatalan Arts Digital Cultureの支援を受けて新たなスタートを切った。実際,イベントの正式名称は「BCN Game Fest by IndieDevDay」であり,その名を留めている。
このイベントの大きな目標は,バルセロナのゲームビジネスとゲーム文化をグローバルに位置付けることである。そのために今年は日本を主賓とし,インタビューセッションが行われたマトリックス 代表取締役社長の大堀康祐氏(関連記事)や,「Re:VER PROJECT -TOKYO-」のプロデューサーを務める東映アニメーションの松浦寿志氏(関連記事)らが参加していた。
BCN Game Festの出展タイトルでは,「ジェットセットラジオ」的なノリを感じる「電車アタック」や,「キングダム ハーツ」の作風をリスペクトしたような「Duskfade」,「ニーア」風のアクションRPG「AIKODE」などが大きな余韻を残した。
アートスタイルやゲームプレイの面では,日本のアニメやクラシカルなゲームに影響されていたものが多かった印象で,どこか親近感を覚える。BitSummit the 13thに出展されていたメトロイドヴァニア「Altered Alma」のように取材機会を逃してしまった作品もあるが,注目度の高いスペイン産のインディーゲームが豊富であることを再確認したイベントだった。
最終日には,IndieDevDayを黎明期から育ててきたダニエル・サンティゴサ(Daniel Santigosa)氏に話を聞く機会があり,BCN Game Fest 2025の感想を尋ねてみたので紹介しておこう。
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今回はお誘いいただき,ありがとうございました。初日にお会いしましたが,ずっとお忙しそうでしたね。
サンティゴサ氏:
フライトがキャンセルされた話は聞いていますよ。無事に間に合ったようで良かったです。ようこそ,バルセロナへ。
4Gamer:
BCN Game Festとなった今回のイベントはいかがでしたか。
サンティゴサ氏:
初日のビジネスデイだけでも,昨年の参加者1500人から10〜15%の増加が見られ,全体的にも同じくらいの結果になると予想しています。出展ブースは200社ほどでそれほど変わっていませんが,多くのパブリッシャに参加していただき,商談数も増えたのが非常にうれしいです。
スペイン国内で活動しているインディー開発者やチームにとっても,対外的にアピールしたり,コネクションを作ったりする機会になったのではないでしょうか。
4Gamer:
BitSummut the 13thの際に来日されていましたね。
サンティゴサ氏:
ええ,BitSummutもビジネスデイはスペース的に余裕があったようですが,一般公開日はすごかった。感銘を受けたのは学生の出展が多かったことです。京都内外の学校が切磋琢磨をすることで,ライバル心のようなものが育まれていくのかもしれません。
BCN Game Festでは地元から6校が参加していますが,この点ではまだまだですね。イベントのサイズ的にも,我々にとって学びの多い視察でした。
4Gamer:
BCN Game Festの会場となったラ・ファルガは天井が高くて広々としていますが,大手パブリッシャやプラットフォームホールダーが1社でも参加すると,もうスペースはほとんどなくなりそうです。
サンティゴサ氏:
来年には,もっと大きいイベントスペースに移転する計画があります。イベントの名称を変更した理由も,そうした大型化を見込んでいるためです。
地元のSocial Pointをはじめ,UbisoftやElectronic Arts,BANDAI NAMCO Mobileなど,インディーとはいえないデベロッパで働いているプロフェッショナルも多く存在します。そうした人材とインディーを分けるのではなく,1つの大きな産業として捉えることが重要になったと考えています。
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4Gamer:
2017年から続いてきたIndieDevDayのアイデンティティは?
サンティゴサ氏:
ゲームを単なる商品ではなく,1つのエンターテインメント文化として扱う,というスタンスは変えていません。ゲームは巨大な産業になっているとはいえ,まだ玩具の1つのような印象を持っている人も多いです。地元のプロジェクトを中心とした作品を実際に遊んでもらい,開発者と意見交換をしたり,コミュニティを形成したりできればいいですね。
4Gamer:
確かにお子さんを連れた家族は少なく,学生やアマチュアクリエイター,ゲーム好きの若者が多いイベントだと感じました。
サンティゴサ氏:
そのとおりです。スペイン国内にはそういう価値観を持つ消費者がまだまだ多いですから,ゲームは子供だけのものではなく,大人も家族も楽しめるということを,広く知ってほしいと思います。
ゲームを玩具のように考えている若い世代が,ゲーム開発者を身近に感じて,彼らの将来のオプションとして考慮するようになれば,さらに地域のゲーム業界も活発になるはずですから。
4Gamer:
今後,イベントが成長していくために何が必要だと考えていますか。
サンティゴサ氏:
我々にはノウハウがないので慎重になっているのですが,eスポーツを招聘したり,ゲーム大会を開催したりすることで,楽しくゲーム文化に触れられるイベントの催しを増やす必要はあると思います。これからのバルセロナの成長を楽しみにしてください。
4Gamer:
ありがとうございました。期待しています。
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著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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