
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode04
この学園を救ったりなんだりするはずだが一体どうやってそれを成し遂げるのか当人はもちろん作者もよく分かってないっぽい主人公は、旧図書館に入館した!
(その2)
そう――目の前に広がるのは、これ以上ないくらい不気味な沼地。というよりもほとんど泥で出来た湖です。その真ん中に、旧図書館は建っているのです。
いちおう学園地図では大きな遊水池ってことになってますが、見ると聞くとでは大違い、なんかもう失敗した煮凝りに先月の青汁ジュースをぶち込んで更に男子寮の洗濯物を投入し、かき混ぜること三日間、完成したのがこちらの水面でございます、みたいな。
不気味。
何度も繰り返しますが不気味です。
思わず窓の外を指差して悲鳴をあげたくなるくらいの不気味さです。
「どこにも窓なんてないですよ、ここ屋外ですし」
「修辞的発言なので気にしないでください。っていうか発言ですらないです」
「それはまあそうなんですが」
と京太くんと小声で言い合ってるうちに、
「――なのであ〜る! ゆえに諸君の愛書精神と尽忠報学の念に期待する! 七たび退学となりても再入学して学園のために尽くすべーし! ……以上!」
駅前広場に整列してた私たちの前で、さっきから長々と続いていた訓示がようやく終わったのでした。
訓示を垂れてたのは今回の図書返還旅団の旅団長さん……は、よくよく見ればあの入学式の目つきの悪い式実委員、ということは例の学食横町騒ぎのさいの江戸っ子チャキチャキな人力車の車夫さんで、体育祭の時の委員会センターで受付やってた人。すごい。今んとこ皆勤賞です。
でも旅団長さんは館内に入りません。旅団司令部は駅前にテントを設営してるし、彼は組み立て式の豪華な椅子にドッカと座って、右手に握った行司の軍配みたいなものを左の手のひらにペチペチ当て始めてます。
「いや、あれはもともと戦国武将が使う軍配で、相撲の行司が使いだしたのは後なんですよ」と京太くんのささやき。「ちなみに正式には軍配団扇と言いまして合戦の際には――」
以下しばらく京太くんの蘊蓄が続きますが、ほとんどはネットの情報を読み上げてるだけ(ということが最近わたしにも分かってきました)なので、とりあえず無視。
それよりも気になるのは――先ほどから、駅の北側の丘あたりから響いてる、謎のシュプレヒコール(って最近あんまり聞きませんよね……どこへ入ったんでしょシュプちゃん:わたしけっこう好きな単語なのに……「アナフィラキシー」とか「バビンスキー反射」の次くらいに好きなのに)。
旅団司令部の後ろ、駅前広場の向こう。
にぞろりと並んでいるのは――反対デモ? 準備中の暴徒? 宗教儀式? よくわかりません。
目をこらして、幟やプラカードを読むと――
〈純粋蓬萊党〉
〈みかん〉
〈図書委員会はディープ生徒会〉
〈蓬萊ファースト〉
〈在籍五年以下は生徒にあらず〉
〈先住民は島から出ていけ〉
〈読書は体に悪い〉
〈ノー部活ノーライフ〉
〈もひとつみかん〉
等々。
「あぁ、あれはPH1ですね」
「ぴーえいちわん?」わたし、京太くんのほうをチラリと見ます。
「ピュア・ホウライ・ファースト。純粋蓬萊党、補助金召し上げに対抗してるクラ代の新興派閥です。野々宮グループからも資金が流れてるっていう噂で」
「え、でも野々宮グループって今の生徒会を裏から操っているのでは」
「おや、そよ子さん意外に詳しいですね!」京太くん急に満面の笑み。「そこが面白いところでして、反対派を盛り上げて衝突を過激に演出しようという意図が透けて見える――というのが現在最先端の説です。ホラ、このパンフレットが分かりやすいですが(と、懐からポスターくらい大きな紙を彼は取り出しました)ここがPH1、こっちが現生徒会、このへんが旧ほうらい会でここにトグロを巻いてるのが日本海溝の巨大爬虫類・通称〈架空の犬〉、でピラミッドの頂点に野々宮一族、このへん全部が上級学生、そのトップが美女十三人衆で、そのすぐ下がビショビショ女教師十四人衆……」
そういえば京太くん、図書委員会と報道メディア委員会だけじゃなくて、猟奇研にも所属してるのでした。
わたしとアプちゃん、そおっと京太くんの下を離れて他の旅団員を追っかけたんです。
さて、旧図書館の正面。
噂どおりの巨大な扉、両脇には太いドーリア式石柱、いかにも大正モダニズムっぽい作りをくぐり抜ける時には、なんだか背筋がゾクゾクして、もう震えが止まりません。思わず京太くんの腕(いつのまにか彼は、自走式背嚢に押されるようにしてわたしたちの後を追って来ると、何食わぬ顔で図書館入り口を見上げているのでした)につかまると、わたしの揺れが彼に伝染して、そのまた隣の旅団員さんもガクガク揺れ始め、そのまた隣はブルンブルン震え出し、
「子猫ちゃん、大丈夫?」
止めに入った紫苑さまもグラグラ揺れ出し、なんだか甲子園の応援ウェーブみたいになってます。ああ、このままでは入学式の二の舞! わたしに新たな二つ名がついてしまう!
と、その寸前で揺れはおさまりました。
アミ先輩です。
先輩、がっしり紫苑さまの肩をつかみ、開いたほうの腕で京太くんをヒョイと肩の上に持ち上げたのです。それがうまくストッパーとなったんです。
すごい! 素敵!――でもなぜかしばらくのあいだ、アミ先輩は京太くんを降ろそうとしませんでした。
ようやく先輩(の筋肉)が京太くんを解放したのは、一同が巨大な扉を開けて、薄暗い館内に一歩入ったか入らなかったかあたりのことでした。
観音開きの扉のむこうには、大きなホールがありました。
暗くて埃っぽくて、雰囲気満点です。
ここで紫苑さまが美しい腕をすっと上げると、全隊員がずらり横一列になりました。並んだ一騎当千の面々の、一番右端の一人が一歩前へ。
「二年戊辰、茅野狂乃進定知!」名乗りをあげるや、ギラリと得物を一閃。三代目会津兼定と見ました。
「同じく二年甲子、薙羅四郎五郎宗典と申す」その隣、こちらは分銅鎖で長さは八尺余り。
「三年乙丑、阿松崎フランチェスカ! この身に流れる血は、シチリアの風と蓬萊の熱! お見知りおきを!」
「三年壬戌、月光院麗華……名乗るほどでもございませんが、我が影に潜むは一千の影鰐――」
「六回生、一年癸酉、七福神福太郎と申します! 大黒天の小槌を携え、財宝と共に参上つかまつりました!」
「四回生三年庚午、北京の“古龍”、李小龍! 八卦掌、天地を貫かん!」
「五回生一年丙申、タンザニア製サイボーグ、アディナ・タファリ! 我が電子の眼は全てを見通す!」
「六回生二年癸酉、モスクワの“氷の女王”、アナスタシア・アレクセイエヴナ・イヴァノヴァ! このテレパシーであらゆる邪悪な考えを読み取る!」
「同じく六回生、同じく三年癸酉、“森の幻影”ンゴンベ・マクンバ! わたくしが操るのは、国では禁断の呪物! ブラジル国立民族学協会には、ないしょだ!」
「七回生二年丁亥、デイヴ・”ザ・チーズバーガー”・ケンドリクス! これが俺のジャンクフード・ファイト・スタイルだぜ!」
「十二回生三年丙午、パテル・善光寺”黒い立方体”阿弥香! 名乗りに意味なし、ただこの空間捻転術が全て!」
「二年壬辰、メキシコシティの“炎の踊り子”ソフィア・ロペス! 私の炎の舞の前で見事に散ってごらん!」
「三年乙酉、タマラ・“エチオピアの女王”ベレテ! 我がゲエズの書が、暗き大河を打ち破る!」
わたし、大感動して団員の皆さまを見つめました。これなら大丈夫、今回の返還作戦は成功間違いなしです!
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