
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode02
いずれ学園の危機を救うことになる
ヒロインは授業に出席した!(その5)
というわけで、アミ先輩が停めてくれた人力車に乗り込みます。
二人乗りのところに、わたしたちギュウギュウ詰め。わたしの膝の上にアプちゃん、アミ先輩は京太くんの首根っこをヒョイとつかんで問答無用で自分の膝の上に。
京太くん、小さく会釈して、
「あ、すいませーん、お邪魔しますー」
とか小声で言うだけ。嬉しそうに頬を紅潮させてるアミ先輩の気持ちには、あいかわらず気づきもしません。
そして力車を引いているのは、どっか見たことあるなと思ったら――入学式の時の、あのいかめしい式典実行委員さんではないですか!
それが今日は、腰も低くて、猫撫で声で、
「へいらっしゃい! どちらまで? お急ぎでやしたら二枚増しでカッ飛ばしやすぜい!」
とか、なんかイナセなこと言ってますし!
「よっしゃ、三枚載せたるわ!」アミ先輩、学札を突き出して、「超特急であの馬車追いかけてや!」
「へい合点承知!」
人力車が猛スピードで駆け始め、わたしたち、一斉に揺れ始めます。念のため申し上げますが、これはわたしのせいじゃなくて、人力車ってけっこう揺れるんです。
京太くんがようやくスマホから顔を上げて、
「あれ、この人……入学式の式実」
とか、どうでも良いことにばかり気づいてます。しかも遅いです。
「いや、どうでも良くはないでしょ。これも学園経済の変化の表れですよ。例の〈召し上げ〉政策が影響してるに違いないです。式実委員ですら副部活で稼がないと予算が足りないってことです。うーむこれはひょっとして」
と、一人で腕組みをして考え事を始めます。
でも今はそれどころじゃないんです。
問題は目の前の馬車です。
誘拐された紫苑さまです!
「リンゴ〜〜〜ン」
「……ゴ〜〜ンリンゴ〜〜……」
鐘の音が響きます。四時間目が終わったのです!
途端に――ああ、本当にどこに隠れていたのでしょうか? ――背後に流れ去った〈有名な五叉路〉はもちろん、わたしたちが爆進していた大通りは、学園生徒たちで溢れかえりました!
徒歩の女子たち、男子たちが乗っている自転車、数台のバイク、数十台のトゥクトゥク、数百台の電動スクーターと人力車、一輪車、五輪車、無輪車、馬、ロバ、駱駝、トナカイ、狼、リャマ、あとダチョウも数羽見かけました。
「ダチョウの数え方は数頭なのでは?」
京太くんのツッコミを無視して、わたし、車夫さんの背中をペチペチ叩きながら叫びます。
「急いで、急いで! もっとスピード!」
「お嬢さん、そいつぁあと二枚ほど頂戴しねえと、五匹の猿が樫の木六本でさぁ!」
「え?」
混乱しているわたしに、横から京太くんが、
「難しござる、ってことですよ――はい、それじゃ二千円で!」
と紙幣を二枚、ぺたりと式実委員さん(というか今は車夫さんですけど)の背中に。
「日本円ですかい、旦那! 今の時分、円はちょいと弱えぇんですが……まぁよござんしょ!」
途端にスピードが増します。どういう仕掛け? と気になって委員さんの足元を覗き込むと、なんと電動ローラースケートを履いてるのでした。
「おうら、どいたどいたぁ! 増額力車のお通りでぃ!」
委員さんの掛け声も二割増しに大きくなって、道に溢れていた生徒たちが、まるで勢いよく引かれたカーテンのように左右へ分かれて行きます。
やがて左右にお店が見えてきました。
ああ、これこそ蓬萊学園が誇る超巨大飲食街――〈学食横丁〉です!
縦横数キロメートル、道の左右にずらり並ぶは名曲喫茶にファミレスに大衆中華に高級フレンチに各国エスニックなソウルフード、家系ラーメンにラーメン二郎、幻のカレー屋ムルギー卵入り、でっかいMの字フランチャイズ、ついでにネズミーランド直営店。
ワンコインでも万札でもお値段以上の素敵な味わい、中央の目抜き通り〈満腹通り〉から狭くヒネ曲がった名も無き裏通りまで、異様な熱気と香りと出所不明の肉片であふれかえる……
そう! これこそ学園生徒の尽きぬ食欲を引き受ける、三大飲食ゾーンの一つなのです!(ちなみに残りの二つは〈学生大食堂〉と〈悪徳大路〉なのだとか。)
「おらおら邪魔だ邪魔だあ〜!」
「対向車!」と京太くんの可愛い悲鳴。「対向車、真正面!」
交通法規ガン無視で突っ込んでくるバイクやジープを神速で回避! この式実車夫さん、実は手練れ?
でもなぜ正面から車が!? と横を見ると、すでに反対車線は校舎に向かうケータリング自転車が暴走また暴走のツールドフランス状態。ということは、わざわざ自分で学食横丁に来ないで済ませる生徒が――きっとお金持ちの生徒さんたちが――実は結構いらっしゃるということでしょうか。
「馬車は!?」
「右折しました!」
「合点!」
大追跡、まさに佳境、絶好調! 迫る迫るせまる、揺れるゆれる!
あ、いま人力車が揺れてるのは私が揺れてるせい?
「ちいいっ、チョコマカと……逃がさへんでえ!」アミ先輩の絶叫。「兄ちゃん、あの店に突っ込んだってや!」
「承知!」
右折左折をくりかえす馬車を横に見て人力車はいったん路地へ!
正面の店の看板、巨大な
〈エモ〉
の文字が!
「え? え?」
どういうこと?
何やら、とってもエモいアレとかコレとかを売ってるんでしょうか?
人力車が突っ込んで3秒後、裏口から出てきた時にアミ先輩が両手いっぱいに抱えていたのは、洋弓と矢(12本セットでバーゲン中)でした。
「代金はあとで女子寮まで取りに来たってな〜!」
呆然とする店番の女生徒に叫びながら、先輩、素早く一の矢をつがえます。
「あそこは得物の専門店なんです」
って京太くん平然と言いますが何故そんな店が学食横丁に???
と思うまもなくシュン! と音がして、いつのまにか正面にあらわれた馬車の手綱が引きちぎられた時には、もう二の矢の準備完了。そして三の矢、四の矢! 速いです、とんでもなく速いです!
「じゃあボクも」
いつの間にやら手にしたモーニングスターを、京太くん馴れた手さばきで振り回してアタック! 惜しい、届きません!
「うーんやっぱりリーチが難点ですねえ」
もはや呆然としてるのはわたし&はるか後方の店番の女生徒だけ。
なにしろ、とうとう馬車が逃げきるか、というその刹那、今度はアプちゃんも勇躍その毛を逆立てて、わたしの腿を蹴って大ジャンプ! いでででで。親父にも蹴られたことないのに!
「いやそれが普通では」
「え、そうなんですか」
という我が家の事情はともかくさすがのアプちゃん、馬車にめがけて一目散。馬たちに並んで、お口モゴモゴ。まるでなにかを話しかけてるみたい。
すると馬車が! ピタリと馬車が停止したのです!
ああ紫苑さま? 紫苑さまはいずこ?
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