
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode02
いずれ学園の危機を救うことになる
ヒロインは授業に出席した!(その4)
わたし、そしてその他の何百という女生徒たちも、そろって立ち上がるやスマホのカメラでズームインします。
紫苑さま。ああ紫苑さま。艶やかな亜麻色の御髪、繊細な指先、理知的な瞳、皆の憧れ、授業正常化委員、そして決して手の届かない上級学生。けれども、それがなんだというのでしょう。恋焦がれるのは自由です。そうです、心は、誰であれ心だけは自由なのです! おお、愛よ、自由よ、我が青春に一片の悔いなし!
と、わたしが脳内の銀橋(大劇場じゃなくて東京宝塚劇場のほうです)を渡りつつ絶唱しているうちに、愛しの紫苑さまは教壇の先生に一言、二言話しかけてから、近寄ってきた正常化委員に書類を数枚渡したかと思うと、ひらりと片手をあげて、わたしたちに――いいえ、わたし一人にむけて手を振ったのです。
と女生徒たちはみんな思ったのです。
ああ!
なんという至福の一瞬!
でもそれはほんとに一瞬のことで、そのままわたしの愛しの愛しの紫苑さまは教壇横の扉を開けて、歩み去ってしまいました。
そしたら。
その時――いくつかのことが同時に起きたんです。
一つ目。
今の今までおとなしかった膝の上のアプちゃんが、急に首をもたげて、角をピンと天井に向けました。先っちょが私の鼻の穴にブスッと当たります。いでででで。
変な声出しちゃったかしらと、わたし、鼻を押さえながら思わず左右を見回しました。
そして二つ目。
京太くんが、なぜか教壇とは反対側の隅を見つめていることに、わたし、気づきました。それも、すごく眉を寄せて。わたし、彼の視線を追いました。
教室の隅。
そこは、先ほどから陰謀論部の先輩がたが、邪悪な影をまとってうずくまっている場所です。
そういえば、わたしを勧誘してくる先輩がた(あとアミ先輩も)って、どうして授業に出席してないのかしら……と、わたしが疑問を口にしようと思うまもなく。
「――誘拐作戦」
京太くんの呟きでした。
「え?」
「今、あの陰謀論部の人たち……北白川さんを誘拐する計画を――」
ええええっ!!??
「――実行に移そうと決断した、みたいです」
わたしたちの目の前で、隅っこにいる陰謀論部の方たち、闇をまとったまま、教室の後ろの出口から抜け出して行きました。どうして彼らの周りだけ暗闇がまとわりついているのか、全くの謎ですが、とにかくそういう感じなのです。
そして出口に立っている授業正常化委員のみなさまも、なぜか彼らを黙って行かせているのです!
そして直後に、廊下のほうから美しい悲鳴と大きな物音がしたのです。
「こっちやでー!」
五分後、中央校舎の北玄関前。
アミ先輩の大声に、一台の人力車が私たちの目の前に止まってくれます。
玄関前は、まだ授業中なので人影はまばらでした。
あたりはシュロの並木が暖かい風にゆれ、一面の芝生が生垣の手前まで広がってます。ちなみに生垣の向こうは太い車道で、この学園のほぼ中央にあたる有名な五叉路があります。正式名称はあるはずですが、みんな〈有名な五叉路〉と読んでます(と入学式の正式なパンフに書いてありました)。
――わたしたち、大大大教室から駆け出して、ここまで誘拐犯たちを追ってきたのです。
実は教室から出るのも一苦労でした。
なにしろ授業正常化委員たちが、ぜんぶの出口の前に二人ひと組、直立不動で立っていて、勝手に退室できないよう見張っているのです! いったいこの人たちはいつ授業に出ているのでしょうか。
でもそれはそれとしてアミ先輩、何やら怪しげな紙の束を委員の一人につかませました。(後で知ったのですが、それは化学部が同時に発行している有価証券――学札――と言うものだそうです)。委員はニヤリと笑って小さく頷き、アミ先輩は無言でわたしたちを指し示します。そのおかげで、私たちも問題なく一緒に出られました。おそらく、陰謀論部の先輩がたも同じ方法で教室を出入りしていたのでしょう。
そしてわたしたち三人と一頭は、一階へ大急ぎ――でも、校舎の外には、紫苑さまはどこにも見当たらなかったのです。ただ、京太くんが、
「あれだ!」
めざとく見つけたのは、北のほうへ向かって走ってゆく一台の馬車でした。
まだ授業時間なので、他にはあまり生徒も見当たりません。その中で、たった一台、黒塗りの怪しい二頭立て馬車が!
「あ、あれは正式にはベルリンって言うんですよ、長距離も快適に移動できる優れものですね、そもそも17世紀前半にブランデンブルク選帝侯だったフリードリヒ・ヴィルヘルムがベルリンからパリへの往復のために初めて――」
「いやそういう蘊蓄はどうでもいいですから! 追いかけないと!」
![]() |
「蓬萊学園の揺動!」連載ページ
- この記事のURL: