
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode02
いずれ学園の危機を救うことになる
ヒロインは授業に出席した!(その1)
わたし、入学して二週間経ったんです。
そうです、あの蓬萊学園にです。
あの超巨大な、生徒の数が二十万人という無茶苦茶な高校に。
絶海の孤島の真ん中のあたりに、でっかい校舎がたくさん並んでて、その校舎の裏には昼なお暗い密林が横たわり、さらにその中には火山が三つもあって、そんでもって時々噴火もするという、あの蓬萊学園です。ああなんということでしょう。こうして、わたしが今いるこの場所のことを考えるだけでも震えが止まりません。
なぜかと申しますと。
わたし。目をつけられてるんです。いろんな先輩がたから。
あの入学式の一件以来。「講堂の魔女」とかあだ名つけられちゃって。ユニコーンのアプちゃんも目立っちゃうし。
「アプちゃん?ですか?」
京太くんが、右隣の席から不思議そうな顔で尋ねてきます。
「ええ。この子、女子寮の部屋までついてきて……」
わたし、膝の上でスヤスヤお眠りしてるユニコーンの喉をくすぐります。こしょこしょ。アプちゃん、首のあたりが猫みたいに毛深いので外からは見えませんが、首輪をしてるのです。そこにぶら下がってる古ぼけた鍵がキラキラと光ります。もしかして前の飼い主がつけたのかしら。
「……寝る前とか、ベッドの上に置いといたわたしのスマホ、鼻先でいじってて。そしたら、そういう文字が出てきちゃったんです。で、それ名前にしようかなって。画面がベチャベチャになって、お掃除が大変でしたけど」
「へ〜」
とクラスメートの京太くんは平然としてますが、そもそもどこから一角獣が来たのでしょう? それとも、これも「蓬萊学園だから」で済まされちゃうことなのでしょうか?
「まぁ済まされはしないですけど」と京太くん、わたしの内的独白から澱みなくセリフを続けます。彼、周りの人の表情を読むのが得意らしくて、ほとんど読心術。最初はビックリしましたが、もう慣れました。「おかしな生物は、この島では時々出没しますから。狂的科学部とか古生物学研とかが盛んに製造してますし。あとは黒魔術同好会も」
「製造してるんですか」
「いや、こっちは召喚するんです」
「まあ」わたし、思わず震えてしまいます。「でも、もし従属できなかったら危険なのでは」
「あ、最新のルールでは召喚イコール従属になったみたいですよ」
「あら」
「でも、ここまでちゃんとした一角獣ってのは、検索したところ、どこの団体も創れてないみたいですね。©も付いてないですし」
「はあ」
そんなわたしたちのおしゃべり、教室のど真ん中でけっこう大きな声なんですけど、あんまり誰も気にしてません。教壇の先生もこっちを見ません。
なぜって、大教室だから。
というより大大大教室だから。
そうなんです。この学園、ひとクラス一千人いるんです。四時間目は英語の授業、もうじきお昼休み。教室はとてつもなく大きな階段状(それこそ東京で一番豪華な映画館くらい!)。当然、先生のお顔は遠すぎて見えません――でも教壇の後ろは巨大なスクリーンになってて、先生のお顔と、その手元のタブレットに書き込んだ文字や図形が二重写しの大写し。ついでに生徒からの質問も、スマホに書き込めば名前入りでスクリーンに投影されます。とっても便利。
で、そのほぼド真ん中にわたしたちがいる、というわけでして。
でも、こんな騒音だらけの状況じゃ授業に身が入りません。とほほ。
というわけで話は冒頭のわたしの内的独白に戻るのですが、京太くん、それも全部しっかり読み取ってたらしく、心配そうに相槌を打つのです。あいかわらず可愛いお顔です。
「そうなんですよ!」
わたし、盛大にタメ息。
「あちこちのクラブやら同好会やらから――それこそさっき言ってた黒魔術同好会とか! 入部してくれって勧誘が! あ、ほら、また来た」
話をしている私たちのところへ、黒いマントを羽織った二年生が数人、腰をかがめて音もなく近寄ってきます。そのままグルグルと扇風機の羽のように一点を中心に回転したり、横一列になって上下運動したりしながら、小声で、
「カナ……カナシ……小鳥遊さん……あなたの脳に直接……語りかけています……入会……我が歴史と伝統ある暗黒と愉悦の組織に入会するのです……それが貴女の運命なのです……」
「永遠の……永遠の快楽のために……」
「タカナシ……ソヨコ……」
等々、わたしの耳元に!
わたし、もうダメです。揺れちゃいます。震えちゃいます。すっかり震えまくっちゃうんです。
あ、暗黒と愉悦に惹かれて心が揺れてるってことじゃなくて、耳元で囁かれると、くすぐったくて体が震えるって意味ですけど。
「す、す、すみません、わたしホントに忙しいので、もう何度もお断りを」
わたしがいつものように応えると、黒魔術同好会の皆様は、これまたいつもどおり音もなく退いてゆきます。わりとお行儀良いです。
「大変ですねえ」
隣の京太くんが、なんだか楽しそうニヤニヤしてるので、
「ホントですよ!」
わたし、ちょっと本気になって机を叩きます。
「冗談じゃないんですから、これ。入学式の翌日からですよ! そもそも入学式のあの竜巻だって洪水だって、わたしのせいじゃないんですから! それなのに〈講堂の魔女〉とか変な呼び名まで」
「この学園で二つ名は、誇るべき勲章ですよ」京太くん、スマホの画面を見せながら、「ほら。〈講堂の魔女〉、現在ランキング93位で赤丸上昇中。一年生で100位以内ってのは記録的ですね」
有名生徒一覧、という学園のサイトにある特設ページです。なんでそんなページがあるのか分かりませんが、どうやら蓬萊学園というところは評判がとても大事なところのようです。
評判。
それはまあ、無名とか匿名とかボッチとかよりは、良いかもしれませんけど。
でも。
そのせいで、変てこりんな名前の部活やサークルの先輩たちが、私を入部させようと迫ってくるんです。
わたしを団体のマスコットにしようとして!
もう二週間も、夜となく昼となく、授業中も通学中も女子寮にいても食事中もお風呂のあいだも寝ている時でさえも。もちろん寮の中では女子寮自警団が守ってくれますが、それにしたって。
「そういえば京太くんのほうは大丈夫なんですか?」
「ボク? ボクはもう四団体……報道メディア委員会と図書委員会と新聞部と猟奇研に入っちゃいましたから。それに栗尾一族の名前は、けっこう有名なんですよ、この学園では。だから誰も迂闊に手を出したりません」
「えええ〜〜羨ましいなあ〜〜」
「あれ? てことはまだどこにも入部してないんですか、そよ子さん」
わたし、あわてて首を振ります。
「まさか! もうとっくに幻想文学研に入りました! あと図書委員会にも申請中です。それで、委員会活動が忙しくなりそうだからって、毎回言ってるのに……」
「他の団体からの勧誘が絶えない、と」
「はい。なぜなんでしょう?」
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