
連載
米朝の大風呂敷から始まった戦争を紐解くノンフィクション「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」(ゲーマーのためのブックガイド:第48回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
「メタルギア・ソリッド」のようなアクションゲームにせよ,「Age of Empire」のようなリアルタイムストラテジー(RTS)にせよ,テーマとして“殺戮”が描かれることは決して珍しいことではない。いや,それを言うなら映画や小説も同じこと。どこかの知らない人々の死をエアコンの効いた部屋で味わい,正義の味方の活躍に溜飲を下げる。
けれども視点をぐるりと反転させれば,血に飢えた侵略者による虐殺も,野蛮で未開な先住民の襲撃を撃退し,開拓地を西方に広げた建国の父たちの偉業に一変する。身近な誰かが喪われるとき,殺人は例外なく悪である。けれども主語が大きくなるにつれ,それは必要悪から正義の鉄鎚に,そして歴史的大業へと祭り上げられていく。
とはいえ軍の司令官とて血の通った人間だ。彼らはどんな思いで大量殺戮を招く命令を発するのか。政治的要請と道義心との板挟みから,どんな決断を下すのだろうか。
そんなジレンマを疑似体験できるのがウォー・シミュレーション,とりわけ作戦級や戦略級のストラテジーゲームだ。1980年代初頭にブームとなったこのジャンルの直撃世代である筆者は,ゲームを通してこうした軍司令官の身を切られるような立場と,戦争の理不尽さを,骨髄に徹して噛みしめてきた。
そうした視座から今回紹介したいのがデイヴィッド・ハルバースタムによるノンフィクション「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」だ。政治に左右される限定戦争の典型であり,戦線が膠着したままの休戦状態が72年も続いている,この戦争から我々はどんな教訓を引き出せばいいのか。朝鮮戦争を総覧するうえでの決定版と呼べる本書を,関連作品と共に紐解いていこう。
「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」〔上下巻〕
著者:デイヴィッド・ハルバースタム
訳者:山田耕介,山田侑平
版元:文春文庫
発行:2012年8月3日
定価:各1174円 (税込)
ISBN:978-4167651824 / 978-4167651831
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文藝春秋BOOKS「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」紹介ページ
本作は,ベトナム戦争の報道でピューリッツァー賞を受賞したアメリカを代表するジャーナリストが,長年に及ぶ広範な取材を元に10年がかりでまとめあげ,生涯最高の著作と自負した大著だ。著者であるハルバースタムは,最終的なゲラ修正の数日後に事故死しており,偶然とはいえ生涯の総決算ともいえる書となっている。
ホワイトハウスや毛沢東政権の帷幄(いあく)の大局的な観点から,戦場の一兵士のミクロな視点に至るまでを折々に切り替え,多彩な人物の証言を通じて朝鮮戦争の全体像を描きだそうとするその筆致からは,どこか大河小説のような読み味も感じられる。
朝鮮戦争は,なにより“誤算”の戦争だった。金日成はアメリカの介入はないと決めつけてソ連の承認を取りつけ,ソウルを占領すれば大規模な人民蜂起が起きて南朝鮮全土が易々と転がりこむと期待して南侵に打って出た。一方のダグラス・マッカーサーは中共軍に介入の意志なしと早合点して鴨緑江まで戦線を拡大し,手ぐすね引いて待っていた大軍勢の返り討ちに遭って,這々の体で退却するはめになった。
そもそもの38度線が,戦後処理の妥協の産物であった。ソ連を対日戦に引き込もうと腐心するルーズヴェルト大統領の思惑が,朝鮮半島の北半分を共産圏に譲りわたす結果を招いたのだし,反共の防衛線として日本を重要視するトルーマン政権の集合意識が,アメリカの防衛ラインから朝鮮半島を除外する軽率なアチソン演説につながった。つまり,石にかじりついてでも韓国を守りぬくという不退転の決意が,当初のアメリカには欠けていたのである。
そうした構図は,現在進行中のウクライナ戦争(ロシアのウクライナ侵攻)と,どこか似ている。
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仁川港は干満差が世界最大級の10メートルもある港で,周囲には浅瀬が広がり進入経路が限られるなど,上陸作戦にはおよそ不向きな場所だ。しかしマッカーサーは,より安全な南方の群山への上陸を勧める声を一蹴し,だからこそ奇襲効果も高いのだとの一念で9月に上陸作戦を決行。がら空きのソウルをたちまち奪還し,北朝鮮軍を総崩れにさせて38度線に到達させた。クリスマスまでにはこの戦争を片付け,帰国できるとまで豪語したくらいだ。
そこに彼の軍事的天稟が光る。第二次世界大戦の太平洋戦域でも,マッカーサーはラバウルやトラック島といった日本軍の大拠点を無視して手薄な後方に上陸する“飛び石作戦”で損失を最小限に抑え,放置した日本軍は飢えるに任せた。圧倒的な制海権制空権あればこその軍略である。
けれどもマッカーサーは,自信過剰で自己中心的に過ぎた。東京の第一生命ビルでイエスマンに囲まれ,朝鮮半島の戦争を自分が思い描くようにしか見ようとしなかった。本書の題名の“ザ・コールデスト・ウインター”とは,マッカーサーの見込み違いが生んだ1950年冬の苦戦を示唆する言葉でもある。クリスマスまでには帰れるという楽観から冬服がいきわたらない状況で,38度線で停止すべきだという政治的要請を無視して鴨緑江まで軽率に軍を進め,先にも述べた人民解放軍の手痛い反撃に遭ったのである。
その失敗の後を引き受けたのが,マシュー・リッジウェイという対照的な軍人である。空挺部隊出身で大言壮語を好まず,率直にして冷徹な現実主義者。その資質をなにより物語るのが,第二次世界大戦のイタリア戦線でのエピソードだ。「ローマに空挺師団を落下傘降下してもらえれば,寝返ってドイツ軍を挟撃すると約束する」というイタリア軍高官からの秘密裏の打診を,彼はむやみに信じなかった。そのうえで,首都に駐屯するドイツ軍部隊の精強さを鑑み,冷静に判断で断ったのだ。
成功していればリッジウェイは一躍英雄の座に駆け上がっただろうが,失敗すれば精鋭空挺師団が全滅の憂き目に遭う。現実に1年後,イギリス第一空挺師団の一部がオランダのライン河にかかる橋でそうなったように。
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リッジウェイはそうした戦訓から,いかにも空挺部隊出身者らしく,むやみに後退するよりは陣地に踏みとどまって包囲されることも厭わず,空中補給と空襲を頼りに戦いぬくのも一手ではと考えはじめる。
それが実を結んだのが,1951年1月の砥平里(チビョンニ)の戦いであった。第23歩兵連隊からの撤退許可申請をリッジウェイは却下し,長距離砲を砲身が焼けるのも構わずに撃ち続けさせ,丘の斜面を人民解放軍兵士の死体で埋め尽くさせた。
そうして中朝軍の冬季攻勢は頓挫し,アメリカを中心とする国連軍はソウルを再奪還して北上する。けれども決定打には至らずにシーソーゲームはなおも続き,1953年7月の休戦に至る。そのラインは開戦前とほとんど変わらない。いったい,なんのための両陣営の大量死,なんのための3年間の戦争だったのか……。
この戦争の全体像を手早く掴むための入門書としては,田中恒夫著「図説 朝鮮戦争」(2011)がオススメだ。河出書房新社の「ふくろうの本」という図説シリーズの一冊なのだが,戦況図がふんだんにあって位置関係が分かりやすく,著者が自衛隊出身の防衛大学助教授ということもあって,戦況評価も中立的かつ的確である。なにより,ハルバースタムの著書では端折られていた戦線膠着以降の展開もきちんと綴られていてバランスがよい。
いっぽうゲームには,朝鮮戦争を題材としたストラテジーゲームの決定版といえる「SGS Korean War」(Avalon Digital,2022)があり,日本語でもプレイ可能なのでオススメしたい。戦争の全期間を複数のシナリオやキャンペーンをとおしてプレイ可能で,ユニットはおおむね連隊/師団規模。戦車など一部兵科は大隊規模だが,航空ユニットもあって戦車や対戦車兵器の有無による戦闘修正など戦術的要素も加味されている。「仁川」や「釜山周辺」といったわずか数ターンのミニシナリオから,年単位のミニキャンペーンまで用意されており,カードプレイによるランダム要素が思わぬ展開を引き起こすのも面白い。
ここまで挙げてきたのは朝鮮戦争を両陣営の大戦略の観点からとらえた作品群だが,韓国側だけで負傷も含めて民間人99万人の被害を出した痛ましい民族同士の争いを,一個人としていったいどう消化したらよいのか。むしろ消化などできるのか? そうした届かぬ叫びのごとき思いから生まれてきた作品――小説や映画も数多く存在している。その中から一つ紹介するのなら,戦争の最終盤に至るまで,両軍が熾烈な争奪戦をくりひろげた重要な高地を舞台にした韓国映画「高地戦」(2011)を挙げておきたい。
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俺たちは本当はとうの昔に死んでいるのであるまいか。なにせ山ほど殺しまくった。地獄に堕とされるべき身の上なのだと語る彼が,死に際に言う台詞。これが筆者はひどく印象に残っている。
「(だけど)今以上の地獄がないから,ここで生きてるのかも」
そこまでして敵味方が奪い合う高地にどれほどの価値があるのか。そこで失われる兵士たちの命はどれほど軽いのか──軍司令官が下す命令の意義の軽重を,一兵士の観点から問いかける作品である。「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」と合わせて,機会があればぜひ視聴してもらいたい一作だ。
文藝春秋BOOKS「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」紹介ページ
■■待兼音二郎(翻訳家,ライター)■■
幻想文学やゲーム翻訳を主戦場とする翻訳家・ライター。“中二病”まっただ中に出会った1980年代のウォーゲームブームを原体験とし,以来,古今東西の戦場を盤上で追体験してきた生粋のウォーゲーマーでもある。近刊に「ジョン・サンストーンの事件簿〈上〉〈下〉」(共訳書,アトリエサード),「料理の魔書ネクロノミコン ラヴクラフトの物語から生まれたレシピと儀式」(共訳書,グラフィック社)などがある。
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