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架空の小国のお姫様を救い出す,ルリタニアン・ロマンスの痛快作「ルータ王国の危機」(ゲーマーのためのブックガイド:第39回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
ルリタニアン・ロマンスという言葉をご存知だろうか。
舞台となるのは,決まって中欧や東欧にある,架空の(あるいは史実を微妙に改変した)小国だ。それは王国であったり,公国であったりするのだが,まあ決まってお家騒動が起きている。そんな舞台で,よそからやってきた“一般人”である主人公たちが巻き込まれ,すったもんだの果てに,陰謀を目論む卑劣な悪漢を打ち倒し,美しい姫を救って結ばれる――そんな古きよきステレオタイプの物語を指すジャンル用語だ。
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この映画の舞台であるカリオストロ公国は,モナコやルクセンブルクを思わせる小国ながら国連加盟国として相応の存在感を持ち,クオリティの高いニセ札「ゴート札」を製造することで歴史を裏で操ってきた,という設定である。
そして黒幕たるカリオストロ伯爵が,公国の末裔たる姫・クラリスを無理やり妻に迎えようとしている――というところに,ルパン一行が外からやってきて,これに介入する流れとなる。ルパンや次元が果たして“一般人”かはともかくとして,物語の大枠としてはド直球のルリタニアン・ロマンスである。
では,ルリタニアン・ロマンスの“ルリタニアン”が何を指しているのかというと,これはイギリスの作家アンソニー・ホープの小説「ゼンダ城の虜」と続編「ヘンツォ男爵」の舞台である架空の国・ルリタニア王国に由来している。
なので「ルパン三世 カリオストロの城」の場合は,カリオスティアン・ロマンスということになろうか。もっとも,カリオストロ伯爵の名前は史実上の著名な詐欺師から採られたものなので,やはりルリタニアン・ロマンスのほうが座りがいい。
今回はそんなルリタニアン・ロマンスの中から,E・R・バローズの「ルータ王国の危機」を紹介したい。奇しくも「ルパン三世 カリオストロの城」と同じ1981年に日本語版が刊行され,2025年に奇跡の復刊を遂げた一冊である。
「ルータ王国の危機」
著者:エドガー・ライス・バローズ
訳者:厚木 淳
版元:東京創元社
発行:1981年7月24日
価格:2090円(税込)
ISBN:978-4-15-210369-7
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本書の導入はこうだ。
ヨーロッパの小国ルータは,10年前に老王が亡くなったのち,摂政のブレンツ公ペーテルに牛耳られ,恐怖政治が敷かれていた。しかし最近になって,ブレンツ城に幽閉されていた王子レオポルトが脱走したという噂が流れ,首都は騒然となっていた。
そんな折に,たまたまルータを訪れたていたのが主人公であるバーニー・カスターだ。オープンカーのロードスターに乗ったアメリカ人の快男児である彼は,ルータの貴族であるルートヴィヒ・フォン・デア・タンの公女エマの窮地に偶然居合わせ,これを救出する。助けられたヒロインのエマは,彼の顔を見て驚く。なんとバーニー・カスターは,行方不明のレオポルト王と瓜二つだったのだ……。
こうして書いてみると,本書がいかに「ゼンダ城の虜」を踏襲した,フォロワー作品であったかに改めて気付かされる。「ゼンダ城の虜」の物語は,主人公であるイギリスの青年ルドルフ・ラッセンディル男爵が,国王ルドルフ5世と双子のようにそっくりだった,というところから始まるのだ。
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著者であるバローズは,冒険小説の原点の一つたる「ターザン」や,スペースオペラ「火星シリーズ」の生みの親であり,痛快なアクションに重きを置いたその筆致からは,それこそ「ルパン三世 カリオストロの城」と同じノリが感じられる。
さりとて書き込みが甘いわけでもなし,宮廷での微妙な駆け引き,国王との心理的葛藤,さらにはエマ公女との恋愛にもたっぷりの紙幅が割かれている。おまけに後半部では,オーストリア軍との戦争も綿密に描かれ,読み応え充分である。
本書の原著は,1914年と1915年にパルプ雑誌「オール・ストーリー」と「オール・ストーリー・キャバリア」に発表されたものが元になっている。1914年といえば,ヨーロッパ全土を混乱の渦に巻き込んだ,総力戦たる第一次世界大戦が始まった年でもある。
歴史家のエリック・ホブズボームは,第一次大戦によってヨーロッパの「長い19世紀」が終焉を遂げ,古きよき公法秩序が終わりを告げたと論じた。本作に得も言えぬ懐かしさを感じるのは,これにより時代精神がガラリと変わってしまう前の世界観を総括しているがためではないだろうか。
この郷愁にも似た感覚は,「天空の城ラピュタ」や,ゲームでは「グランディア」や「BioShock Infinite」といったスチームパンク作品にも共通するところがある。スチームパンクは,元を辿れば,サイバーパンクのパロディとして生まれたジャンルだが,その根底には産業革命から第一次大戦が始まるくらいまでの時代へのノスタルジーがあるからだ。
ルリタニアン・ロマンスを真正面から扱ったゲームタイトルはあまり多くないものの,スチームパンクや「アンチャーテッド」のような冒険活劇ものが好きな人なら,本書もきっと楽しめることだろう。
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一方,ルリタニアン・ロマンスの概念が本邦で広く浸透するには,田中芳樹氏が「アップフェルラント物語」の連載に先立って掲載したコラムにて,“ルリタニア・テーマ”という語を用いたのが大きかったと思われる(それまでは“グラウスターキャン・ノベル”などとも呼ばれていた)。同作の単行本にも収録されたこのコラムで,氏は「ゼンダ城の虜」や「ルータ王国の危機」,それから「ルパン三世 カリオストロの城」や「天空の城ラピュタ」にも触れながら,この主題を明確化している。
しかし,ジャンルを代表する作品の一つである「ルータ王国の危機」は,版元品切れ・重版未定という状況が長らく続いていた。そんな本書の復刊を実現したのは,東京・神保町の書泉グランデ店員である大内 学氏の尽力によるところが大きい。
帯文に踊る「あのバローズの歴史に残るべき大傑作(と、俺だけは思う)…!」という推薦文からも分かるように,氏はこれまでにも,ハインリヒ・プレティヒャの「中世への旅 騎士と城」(1982年)ほか,中世ヨーロッパ関連書籍を復刻させてきた。近年はこうした書店主導による復刊運動が盛んになってきているのだ。
大内氏の場合,もともとテーブルトークRPGのファンとのことで,その流れで中世ヨーロッパ関連本やクラシックな冒険小説の復刊に力を入れているとのこと。加藤直之氏の手になるカバーアートをあしらったポストカードが予約特典だったのも頷ける。『ルータ王国の危機』(E.R.バローズ/厚木淳:訳/東京創元社)
— 書泉グランデ | 神保町 (@shosengnd) March 26, 2025
地底世界(ペルシダー)シリーズやターザンのシリーズで有名なあのバローズの冒険小説が販売開始です。
バローズはなんかもう新刊では買えないので!!
しかもA.ホープの『ゼンダ城の虜』のエピゴーネンにも程がある本書を復刻!!… https://t.co/8mea9L8Ffg pic.twitter.com/ngTAG0oUDJ
また書泉グランデのほかにも,東京・芳林堂書店が飛鳥部勝則氏の「堕天使拷問刑」といった,入手困難だが根強い人気のホラーやミステリ小説を多く復刻しており,この流れにはこれからも注目していきたいところ。そしてこうしたムーブメントが,ゲームでもよりいっそう盛んになれば,それはステキなことだと思うのだ。
■■岡和田 晃(翻訳家,文芸評論家)■■
SF・幻想文学やクラシックなスタイルのゲームにちなんだ翻訳紹介を得意とするライター・翻訳家。文芸誌「ナイトランド・クォータリー」では編集長を務め,Vol.39「狂気の華〜アウラ・ヒステリカ」が6月13日頃発売。また,アメリカン・ホラーの長老マンリー・ウェイド・ウェルマンによるオカルト探偵小説「ジョン・サンストーンの事件簿 〈上〉」(アトリエサード)の翻訳・編集・解説にも参加している。
書泉オンライン「ルータ王国の危機」販売ページ
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