
連載
銃と魔法の世界が舞台の重厚な戦記ノベル「オルクセン王国史 〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜」(ゲーマーのためのブックガイド:第38回)
![]() |
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
あるライトノベルシリーズが今,軍事戦記ジャンルの最先端を走っている。印象的なキャラクターたちが織りなすドラマ,重厚な群像劇,ドラマチックな展開。愛のこもったコミカライズも進行中のそのタイトルは,「オルクセン王国史 〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜」という。
小説投稿サイト「小説家になろう」および「カクヨム」からスタートした作品で,Web版はすでに完結済み。加筆修正が施され,著者である樽見京一郎氏曰く,“完全版”にあたるという書籍版は2025年5月現在,第4巻までが刊行されている。
「オルクセン王国史 〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜 1」
著者:樽見京一郎
版元:一二三書房
発行:2023年12月15日
定価:1430円(税込)
ISBN:978-4824200754
購入ページ:
Honya Club.com
e-hon
Amazon.co.jp
※Amazonアソシエイト
一二三書房「オルクセン王国史〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜1」紹介ページ
物語の舞台となるのは,魔種族と人類が混在した,第一次世界大戦前夜のヨーロッパを思わせる異世界だ。そんな中,“平和な”エルフの国,エルフィンド王国では,白エルフによるダークエルフの民族浄化が始まっていた。居住地を焼き出されたダークエルフ族の氏族長・ディネルースは,逃亡の果て,隣国である“野蛮な”オークの国,オルクセン王国の国王・グスタフに救われる。
我が身を差し出しても復讐を,と望むディネルースに,魔種族の連合国家を率いるグスタフは,ある提案を持ちかける。オルクセンに身を寄せ,ともに,エルフィンドを滅ぼす戦いに参加せよと……。かくして,後に魔王と呼ばれるオルクセン王グスタフと,ディネルースを中心とした物語の幕があがる。オルクセンとエルフィンドの戦争が,まもなく始まろうとしていた。
オークはなぜ,エルフの森を焼くのか
しかし,恐るべき作品だ。
作者の樽見氏によれば,本作の出発点は「野蛮なるオークがエルフの森(村)を焼く」というネットミームだったという。確かによく聞くネタではあるが,ならば「どうしてオークはエルフの森や村を焼くのか?」「その戦争はどのようにして行われたのか?」「エルフを蹂躙できるほどの大軍を,どうやって作り出すのか?」といった細部を,ここまで突き詰めたものは見たことがない。
![]() |
現在イメージされるような豚めいた外見と貪欲さが加えられたのは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」からで,そこで人間やエルフに敵対する野蛮な種族としての知名度をあげ,今に至っている。「オルクセン王国史」の発端となったネットミームもまた,こうした流れを踏まえた定番として流布されたものなのだ。
ゆえに本作は,ただネットミームを援用しただけの作品と考える人もいるかもしれない。また長い副題から,作者の韜晦めいたものを感じる人もいるだろう。しかし,そうではないのだ。
20世紀後半に流行した小説の構造主義的分析によれば,面白い物語の類型は,おおよそ30数種しかないという。にもかかわらず,世に新作が溢れているのは,作品の魅力は筋書き(プロット)ではなく,細部にこそ宿るからだ。
異世界転生でも学園異能でも,架空戦記でも,転校生の黒髪主人公が赤髪ヒロインと決闘の末に恋仲になり,途中で銀髪のクール系ヒロインが出てくるにしても,作者が自身の知識,技量,経験を込めて細部を描けば,それはオリジナルの物語となる。
「オルクセン王国史」に戻ろう。
確かに,「オークがエルフの森を焼く」という物語は,ネットミームになってしまうほど定番で,平凡な復讐譚のようにも思える。だが,その中で描かれる物語は,オリジナリティに満ちている。
テーマへの深い考察に加え,作者が愛する第一次世界大戦前後の軍事技術へのこだわり,戦記ものゆえの群像劇としての解像度,現実にも通ずる運送・流通への深い知見が,本作の物語を濃厚で芳醇なものにしている。
なぜ,オークはエルフの国を焼こうと思ったのか? 国家の目的,ヒロインの復讐,魔王の出自。あらゆる設定が,対エルフィンド戦争「白銀(ジルバーン)」計画へと収斂していく。その流れはドラマチックであり,感動的ですらある。
冒頭の作品紹介では,対エルフィンドの戦争がすぐにでも始まりそうだが,実際の展開はそうではない。宣戦布告とともに戦争が始まるのは,第3巻の冒頭なのだ。それまでの2巻では,戦争に至る道が丹念に描かれる。
グスタフは,逃げてきたディネルースを説得し,ダークエルフ氏族の生き残りをオルクセン王国に亡命させ,オルクセンに欠けている兵種として再編成する。このような戦争の準備過程とオルクセン王国の歴史が,ディネルースや軍幹部の目を通して説明される。
そして,それらが丹念に丹念に描かれたあとに,グスタフはこう語るのだ。
「軍とは。軍隊とは。ある日突然何処かへと、魔法のように出現するものではない。断じてそうではない。」
なんと印象的な,そして,厳然たる知見ではないか。
戦争は国家の一大事業だ。ただ武器を調達し,兵を集めるだけではない。武器を作り,兵站を整え,兵を訓練し,兵士として組織していく。外交を展開し,情報を収集し,必要な技術を蓄積・開発し,体制にまで拡大していく。
例えば,犬系の魔種族であるコボルトを軍隊で活動させるために,犬族にとって毒となる玉ねぎを軍隊の食事から排除する施策が推進される。こうした戦争のディテールが,戦争参加者一人ひとりのドラマとして描かれていく。
そうして積み上げられた細部の先に,戦争がある。鉄量を叩きつけ,生命を削り合い,それでなお,戦わなくてはならない運命。それがこの「オルクセン王国史」の物語だ。作中の戦争はまだ始まったばかり。エルフィンド側の将軍たちも登場し,物語はさらに壮大な群像劇になっていく。まだ間に合う。今こそ,これを読むべきだ。
![]() |
現実世界が混乱し,危機が日本にも忍び寄っている今だからこそ,戦争を語るエンタメ作品の存在は貴重だと思う。決して戦争を賛美するのではない。戦争を,戦闘を,政治を,歴史を,エンタメを通して知ってほしいのだ。
そういう意味で「オルクセン王国史」は貴重であるし,本作と比較されがちな「幼女戦記」の主人公の慟哭もまた,ぜひとも世に届いてほしい。古代中国の統一戦争を描いたコミック「キングダム」の人気も,ここに通じるものがあるように思う。そのうえで,戦争を語るために集められた,本書巻末の参考資料リストを見てみるのもいいだろう。
また筆者としては,陸上自衛隊内部に組織された特殊部隊の活躍を描いた,大石英司氏の仮想軍事シミュレーション小説「サイレント・コア」シリーズを推しておきたい。最新のミリタリー知識による新しい戦争の姿を描いたシリーズで,ウクライナにおけるドローン活用や分裂するアメリカの内政など,ある種,予言めいた作品にもなっている。
いやはや,まだまだ読書は終わらないのだ。
一二三書房「オルクセン王国史〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜1」紹介ページ
- 関連タイトル:
書籍/雑誌
- この記事のURL: