
連載
クィアゲーマー魂の1本:第4回はkani_pepsiさんと「ARMORED CORE VI」。身体を選択・交換することと,トランスネスの共鳴
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本企画「クィアゲーマー魂の1本」は,さまざまなクィアゲーマーに毎回1本のゲームを取り上げてもらい,その表現がどのように自身を支えてきたかを綴ってもらう,不定期のエッセイ連載だ。ひとりのクィアの視点を通じて,既存のゲームに対する新しい見方や関心を育ててもらえたら,望外の喜びである。
第4回は,トランス当事者であるkani_pepsiさんが「ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON」(PC / PS5 / Xbox Series X|S / PS4 / Xbox One)への情熱を語る。交換可能な身体に憧れてきたkani_pepsiさんは,本作のプレイを通じて何を受け取ったのだろうか。
“I sexually identify as an Attack Helicopter(私は自分を攻撃ヘリとして性的に自認している)”というミームがある。
これはトランスジェンダー当事者のジェンダーアイデンティティ(性自認)を揶揄するコピペとして,2014年頃から英語圏のインターネットで流行した。
いわく,「私は性的に攻撃ヘリである。少年の頃から,油田地帯の上空を舞い上がって,嫌な外国人に熱い粘着性のミサイルを落とすのが夢だった。(中略)これからは君たちに“アパッチ”と呼んでほしいし,上空から無益な殺戮を行う権利を尊重してほしい。もし私を受け入れられないなら,あなたはヘリ恐怖症であり,自分の車両特権をチェックする必要がある。」
この文章がどのようにトランス当事者の名誉を毀損しているか,文脈を知らない方のためにに意図を要約しよう。トランスジェンダーが攻撃ヘリと同じく危険で他者を傷つける存在であること,そもそも性別移行(注1)が人間が攻撃ヘリになるのと同じくらい突飛で荒唐無稽であることを暗に主張しているのだ。この主張は極めて差別的であり,現実に生きるトランスの人びとを存在ごと否定する内容である。
注1:性別移行とは,トランジションとも言い,生活する上での性別を生まれたときに割り当てられた性別から変更することを指す。
しかしわたしはトランス当事者として,この文言を少しだけ変形し,喜んで使用したい。
“I sexually identify as an Armored Core”と。
わたしは自分の肉体を憎んでいる。わたしの意思と反対に成長し,しゃがれた喘ぎ声を出すこの身体を憎んでいる。節くれだった骨や硬い体毛,そしてなにより,正対した鏡に映る,隠しきれない歪な姿かたち。そのどれもが家父長制社会において,わたしを“男性”という枷に縛り付ける理由になる。
そういった憎しみから,わたしは自分の身体が機械になることをいつも夢想していた。皮膚はシリコンで,髪の毛はファイバー。どの部位も,生殖器さえ交換可能で(生殖など必要ないのに!),常に美しく清潔な身体。
しかし,わたしのトランスネスと真に符合した作品は,そういった美しい世界ではなく,鉄屑と硝煙にまみれた汚らしく残酷な世界だった。それこそが「ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON」である。
ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON(以下,AC6)は,2023年に発売されたアーマード・コアシリーズの最新作だ。
舞台となるのは,国家がもはや存在せず,巨大企業が人類の統治を行うようになった極度の資本主義社会。「コーラル」と呼ばれる未知の新物質が,辺境の開発惑星であるルビコン3で再発見される。それはかつてアイビスの火という天災によって消失したはずの存在だった。
新時代のエネルギー資源として注目されるコーラルを巡って,企業たちはその利権を手中にすべく,ルビコン3へ秘密裏に戦力を送り込む。プレイヤーである強化人間C4‐621は,人型兵器アーマード・コア(以下,AC)を駆る独立傭兵として,さまざまな勢力の思惑に巻き込まれながら,コーラルを巡る戦いへと踏み込んでいく……。
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AC6に,明示的にクィアな表象はない。さらに言えば,キャラクターの視覚的表象というもの自体がほとんど存在しない。ゲーム本編においてキャラクターそれ自体のビジュアル(肉体)は存在せず,彼らが持つエンブレム,声,そしてACこそが彼らの身体である。
それは主人公である独立傭兵,強化人間C4-621においても例外ではない。公開されているストーリートレイラーにてわずかに描写される621の肉体は,全身を包帯で巻かれ,「機能以外は死んでいるもの」と言われるありさまだ。ほぼ動かせる肉体はなく,五感も残っているか怪しい。つまりゲーム開始時点において,621の身体はACそのもの以外にあり得ないのである。
その感覚はプレイヤーであるわたしの感覚にもフィードバックされる。わたしは新しい身体であるACを与えられ,生まれたばかりの赤子のようによちよちと動き,四苦八苦しながら攻撃ヘリを破壊する。
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AC6は強力なボス戦の連続だ。いくつかのミッションでは自身のACより小さな兵器を掃討するものもあるが,プレイヤーの記憶に強く残るのはやはりボス戦だろう。
ジャガーノート,バルテウス,シースパイダーといった面々が,ぎこちなく蠢くわたしの機体をことごとく破壊していく。幾度ものリプレイを経てわたしは自らの身体=ACの動かし方を学び,また敵の動きや攻撃を学んでいく。それはとても官能的だ。爆発,アラーム,そして金属の瞬き。
そうしたボスとの戦いの中で避けて通れないシステムが,スタッガーと呼ばれる要素だ。今作では,自機ACと敵機にそれぞれ姿勢安定性能というパラメータが用意されている。その許容値を超える攻撃を受けるとスタッガーと呼ばれる状態に陥り,一定時間操作を受け付けなくなる。それだけでなく,スタッガー状態に陥った機体は,すべての攻撃が「直撃判定」となり,大ダメージを受けることとなる。
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一見すると「SEKIRO」の体幹システムと似ているような印象を受けるかもしれない。しかし一番の相違点は,SEKIROは体幹を削るまでが主目的のゲームデザインになっているのに対し,AC6ではスタッガーさせたその後が主目的になっていることだろう。AC6では基本的にスタッガーさせるまで,相手に大きなダメージを与えられない。そのため,必然的にスタッガーさせたあとの直撃に狙いを付けることになる。
スタッガー後にいかにして自身の攻撃をより多く,効率的に入れ込むか。その戦略性と快楽こそ,スタッガーというシステムの肝なのだ。
両肩のSONGBIRDSで敵機をスタッガーさせたわたしは,アサルトブーストで瞬時に敵機へと肉薄しローキックを入れ,すかさずパルスブレードを叩き込む……。至高の瞬間だ。まるで自身が全く別の身体をものにしたかのような感覚。それは初めてスカートを履いたときの高揚や,ストッキングを穿いたときの,心地よい締め付けと同じだ。新たな別の何かを獲得した瞬間の,それまでの自分との違和に戸惑いながらも,どこか馴染みのある感覚。
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その感覚が得られる最大の理由は,やはりACの強烈な実在感だろう。機体の挙動に合わせて噴射するブースターや,きしむ関節や足裏と地面との摩擦音。無機質なライティングと,それをエロティックに反射する装甲。巨大な金属の塊が高速で立体的に駆動し,ぶつかり合う重量感。自機がスタッガーしたときの寄る辺ない絶望や,敵機をスタッガーさせたときの強烈な快楽(スタッガー時のSE!)。その手触り,鉄と硝煙のテクスチャーこそが,わたしに夢想ではないオルタナティブな身体を実感させる手がかりだった。ミッションを重ね,ACの一挙手一投足を制御していく毎に,わたしはACにこの上ない一体感を覚えるようになった。
また,ACシリーズで忘れてはならない大きな要素として,「アセンブル」というシステムがある。
ACは頭部・胴体・腕部・脚部の4種からなるフレームパーツと,ブースターやジェネレーター,FCSからなるインナーパーツ,腕部と胴体に2つずつ搭載される武器パーツで構成されており,それらの組み合わせによって外見と性能が大きく変化する。ミッションによって有効な機体構成が全く異なるため,プレイヤーはその都度アセンブルを変える必要がある。
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特に脚部パーツは二脚のほかに多脚や逆関節,タンク型があり,それらに換装することによってプレイフィールが如実に変化する。パーツ一つを変えるだけで,別のゲームを遊んでいるような感覚が得られるのだ。
これもまたわたしのトランスネスと呼応する。クィア活動家のポール・B.プレシアドが,自らの身体とその絶えざる変異をあらゆる建築様式が同居するギリシアの都市に例えた(注2)ように,わたしは自分の身体をキメラのように感じている。男女二元論に従属した“健全な身体”では考えられない,常に異物として扱われてきた後天的キメラだ。
注2:ポール・B.プレシアド著,藤本一勇訳(2022)『あなたがたに話す私はモンスター』,法政大学出版局,p.39。
わたしは自らの“男性的”な経験を抹消しないまま,地雷ライン――下まぶたから目尻にかけて入れる,目を強調するためのアイラインのこと――を引いている。規範を改ざんし,身体を拡張していったキメラ。それはフランケンシュタインやサイボーグとも言えるだろう。
わたしはある面においては“男性”であったし,またある面においては“女性”だったと言える。その継ぎ接ぎのモンタージュが,わたしの身体のリアリティだった。
アセンブルにおいて,プレイヤーが獲得したパーツはライブラリとして格納され,いつでも引き出し,換装できる。それはすなわち身体のライブラリ化だ。わたしのイメージに沿って,わたしの身体はいくらでも交換できる。
ここでいうイメージは不確定なものではなく,確かに存在する現実的な身体の理想だ。その理想と実際の身体との緊張関係が変容することはあれ,緊張そのものが消えることはない。極論を言えば,もしわたしの肉体が“完全な”性別移行を経たとしても,それにわたしが満足することはありえないだろう。それは結局,今入っている檻から別の新しい檻へと移り住むようなものだからだ。しかしやはり,緊張そのものが消えないとしても,その変容は豊かであるべきだ。
アセンブルが持つ交換可能性や軽やかな越境性こそ,わたしが現実の身体に対して求めていたこと,それそのものなのだ。
アセンブルは身体の選択と言える。そして身体の選択肢を得ることは,身体にわたしの意思が表出することでもある。身体とその選択を経て,わたし=621は活動を始める。
それはわたしが自身をトランスだと認識し,服を選び,メイクをしてきた経験と交差する。わたしにとってファッションは身体の再定義であり,こうありたいという意思表示だった。そしてトランスと認識するはるか以前から,その反抗は始まっていた。
自分の身体を選び取ること,その試行錯誤を繰り返すことではじめて,わたしはこの父権的な世界で,徐々に息ができるようになったのだ。そしてその経験と,AC6での徐々に身体を獲得するゲーム体験は交差し,有機的に絡み合っていく。
ここで冒頭の“I sexually identify as an Attack Helicopter”に戻ってみよう。このミームがトランスに対する社会認識において,いかに有害かは前述したとおりだ。しかし果たして,軍事用ヘリになりたいと思うことは,本当に荒唐無稽なのだろうか?
たしかに今現在,人間を軍事用ヘリに転換させるような医療技術は存在しない。しかし,これまで書いてきたとおり,身体感覚は拡張することができる。運転しているときに自分が車の一部だと錯覚する瞬間があるように,ゲーム内のアバターがダメージを受けたときに「痛い」と口走ってしまうように,身体は拡張できる。その対象が物質として存在していようがいまいがお構いなしに。
そしてアクションゲームにおいてのそれは,わたしにとって特に重要だった。身体の拡張はそれそのものが重要な遊びだ。それは自由で不定形なものなどではなく,むしろ新たな制限を得ることから始まる。その制限に適応していく過程は,同時に現実での不可能性をサバイブすることと繋がっていく。ゲーム体験が現実との,鏡写しの虚像になるのだ。
そして,AC6というゲームを遊んでいた間,たしかにわたしの身体は,生は,快楽は,アーマード・コアにあった。
冒頭のミームが,細分化されていくジェンダーや性的指向,プロナウンスに対しての皮肉として書かれたことは想像に難くない。しかし,それらが細分化したからと言って一体誰が/何が,困るというのだろうか? 我々はなにも,誰かに認められるようなジェンダーを生きる必要はないのだ。
誰もが,自分の実感に沿ったラディカルな生を生きられるはずだ。家父長制社会の規範の中で用意された性など無視してよいし,“理解”される必要もない。だからこそ,わたしはまた,こう言ってこの文章を締めたい。
I sexually identify as an Armored Core.
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「ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON」公式サイト
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