
連載
ついに完結した将棋ラノベ「りゅうおうのおしごと!」は,将棋の未来に挑戦するSF作品だった(ゲーマーのためのブックガイド:第45回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
一つのライトノベルが完結を迎えた。最後まで素晴らしい作品であった。将棋をテーマに,全20巻におよぶ熱戦を描ききった「りゅうおうのおしごと!」の話である。
主人公は中学生でプロとなり,16歳で将棋の竜王位を獲得した棋士,九頭竜八一(くずりゅう・やいち)。そんな彼が詰将棋の得意な小学生の少女,雛鶴あいを弟子にしたことから物語は始まる。アニメ化もされた有名作品なので,イラストレーターのしらび氏が描く魅力的なキャラクターたちに,見覚えのある人も多いことだろう。
「高校生で竜王になって美少女の弟子を取る!」
いかにもライトノベル的なハーレム設定がウリのラブコメ作品なのは間違いないが,そのうえで,非常に真摯に将棋と向き合った傑作であった。将棋という,日本を代表する文化をかっちりと描き出しており,ゆえにゲーマーにこそ読んで欲しい一作となっている。
「りゅうおうのおしごと!20」
著者:白鳥士郎
イラスト:しらび
版元:SBクリエイティブ
発行:2025年7月12日
定価:990円(税別)
ISBN:978-4-8156-2698-3
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SBクリエイティブ「りゅうおうのおしごと!20」紹介ページ
本作の魅力はいろいろあるが,筆者がゲーマーにオススメしたい理由は二つある。
一つは純粋に,本作が優れたゲームノベル――命を賭けてゲームに挑む者たちを描いた物語であるからだ。
テーマは将棋,それもほぼタイトル保持者同士のバトルであるため,ときには素人に理解しきれないレベルの駆け引きが発生するのだが,それをきちんと読ませてくれる。そしてその背後には,ただひたすらにゲームに情熱を燃やしてきた,棋士たちの人生がある。その生き様というものがすごいのだ。
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ヒロインの一人である雛鶴あいは,詰将棋で鍛えられた終盤力が持ち味で,詰みを読み切る集中力に長けている。彼女と一緒に将棋を勉強するJS研は,個性豊かな小学生少女たちのグループで,ハーレム系ラノベの癒やし枠であるものの,同時に彼女らの目線によって将棋というゲームの奥深さ,業の深さが掘り下げられていく。
あいが終盤力に特化し,詰将棋で鍛えた読みの力で戦い抜いていくの対し,同い年のライバルで,八一の二番目の弟子である夜叉神天衣(やしゃじんあい)は,アマチュア名人の父の元に育ち,八一から受け継いだ得意戦法「一手損角換わり」を武器に,華麗な受けの将棋を極めていく。
そして神戸の大財閥の令嬢という立場と,小学生とは思えない比類なき大局観で将棋界に革命をもたらしていく,あいとは“別の意味での”天才である。この二人が初めて激突する第2巻は,物語序盤における最大の見せ場といえる。
本作の登場人物はまだまだ多いが,その誰しもが何かしらの形で将棋というゲームに魅せられ,答えを追い求め,あるいは人生を狂わされていく。そこには性別も年齢も関係ない。だからこそ彼らの物語は魅力的で,引き込まれるのだ。
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AIと向き合わざるを得ない,現代の「将棋」
オススメしたい理由の二つめは,21世紀の今まさに起きている,将棋というゲームの根幹を揺るがす問題に斬り込んでいることだ。
近年,将棋界に大きな変革をもたらしたのがAI(ソフト)の登場である。現実は残酷だ。電王戦などで人間とAIの対局も一般的になったが,人間側の勝率は高くない。すでにチェスの完全解析は終わっており,「いずれ将棋も」と言われつつ,まだギリギリ踏みとどまっているのが現状である。
本作は,ここからも逃げずに正面から向き合っている。ソフトによる戦術研究が当たり前になり,作中でもいかにソフトを使いこなすかが勝敗を分ける場面が出てくる。対局の最中にもリアルタイムで分析され,スマホで中継を見れば簡単に形勢を確認できるのだ。
物語は,やがて日本最速のスーパーコンピュータを用いた「百年後の将棋」との戦いに,主人公である八一を誘っていく。弟子である夜叉神天衣の手引きによって。このシーンがまた,精神と時の部屋めいた精神世界(作中ではVR空間)での対話として描かれていて,そこで将棋の可能性を見出していく描写は胸を打つものがある。そこから生まれた「百年後の棋譜」が将棋界を揺るがし,棋士たちは人間として,この未来にどう向き合うかが問われることとなる。
百年後の将棋。
そこにある未来の可能性を読み取ったうえで,人間は今,どう戦うべきか。棋士として,どうあがき続けるのか。このテーマはもう,ハードSFの域ではないだろうか。
なお,このテーマは20巻におよぶ物語の終盤の展開なので,1〜5巻までの内容をベースにしたテレビアニメ版ではほとんど触れられない。原作を読んでこその物語体験なので,アニメから入った人も,ぜひ最後まで追いかけてほしいものである。
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余談だが,アニメの放映が2017年なので,すでに8年が経過している。その間に,中学生でプロ棋士になり,高校生で竜王となるという本作の主人公の設定は,藤井聡太八冠の出現で現実に追いつかれてしまった。ご存知のとおり,藤井八冠は14歳2か月でプロになり,同年の竜王戦でデビュー。17歳で棋聖獲得,破竹の進撃で八冠制覇,永世二冠となっている。ある意味,予言めいた小説ともいえるが,むしろ現実のほうが容赦がない。現実がフィクションを殴りに来たという,なかなか稀有な事例といえるだろう。
そうした時流に追いつかれながらも,本作は見事ハッピーエンドで完結を迎えた,まごうことなき傑作である。ここまで多くのキャラクターが登場しながらも,それぞれが自分の生き方を見つけて幸せになっていく終わり方には,年甲斐もなく泣けてしまった。
ああ,これがシリーズを見届けるということなのだ。これがあるから読書はやめられない。
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まず,15年を超える長期連載となった羽海野チカの「3月のライオン」は,必ず押さえておくべき作品だ。個人的には,将棋漫画の頂点といっても過言ではない。
週刊少年サンデーでは,「響」で天才文学少女を描いた柳本光晴氏の「苺と龍」が,第二部の未来編に突入し,AIの商品展示会と化した竜王戦でAIと戦い続けている。さらに週刊少年マガジンでは,「四月は君の嘘」「さよなら私のクラマー」の新川直司氏による「盤上のオリオン」が,掲載から1年を経て,ヒロインによる三段リーグ殴り込みが描かれてるまっ最中である。ビッグコミックスペリオールでは女流将棋の世界を描いた,くずしろ氏の「永世乙女の戦い方」が続いている。
いやはや,まだまだ読書は終わらないのだ。
SBクリエイティブ「りゅうおうのおしごと!20」紹介ページ
朱鷺田祐介(ライター)
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「シャドウラン」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,「MÖRK BORG」に触発された戦国ドゥーム・メタル・ファンタジー「信長の黒い城」を展開中。蜂蜜酒(ミード)について掘り下げた同人誌「MEAD-ZINE」は,BOOTHにて電子版が購入できる。
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りゅうおうのおしごと!
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c白鳥士郎・SBクリエイティブ/りゅうおうのおしごと!製作委員会
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