連載
蓬萊学園の揺動!
Episode04
この学園を救ったりなんだりするはずだが一体どうやってそれを成し遂げるのか当人はもちろん作者もよく分かってないっぽい主人公は、旧図書館に入館した!
(その5)
螺旋階段は、最初こそ狭かったのですが、すぐに幅広になり、わたしたちは無事に地下二階へ辿り着きました。
左右を見渡すと、みんなのヘッドライトがサーチライトのように暗闇を押し返してゆきます。
目の前に広がったのは、広大な空間……ダンスホール? ニューヨークの中央駅(停電中)? 大谷石の採石場?
高い天井、青白い床。
本棚はほとんどありません、というか残っていないと言うべきでしょうか。ところどころに、倒れ伏したり、傾いたり。まるでイースター島のモアイ群のよう。とっても悲しそう。
天井を見上げると、そこかしこにモヤモヤした糸屑のようなものが、青白く、あるいは薄紫に、発光しています。静かな深海、でなければ深宇宙。
そういえば、どうして「深」宇宙という表現があるのでしょう。浅い宇宙もあるのかしら。
「深宇宙というのは、おそらく英語のディープスペースの和訳で、太陽系の地球型惑星のあるあたりを指すはずですが、最近は」
とかなんとか京太くんが蘊蓄を並べ立ててますが、無視しましょう。
それよりも紫苑さまです。
紫苑さまも、何かに感じ入ったように、この静かで壮大な空間を見上げています。
「ここには一つの世界がある――」
それが紫苑さまのつぶやきでした。
「――蓬萊学園の片隅に旧図書館があるのではない、旧図書館の端っこにたまたま学園があるのだよ……と、まあこれは私の尊敬する学園OB氏の受け売りなんだけどね」
「……なんですけども、人口に膾炙させたのは近現代SFの元祖の一人、E・E・”ドック”スミスなんですが、それ以前にも深宇宙という表現は使われてまして、早くも1860年代には……あああっ!」
京太くんの蘊蓄、まだ続いてましたが、それが急に途切れて、彼の恐怖に満ちた叫びが地下二階を揺るがしたんです。
今度は何?
異次元の色彩? 星の送りし下僕? 果てしなき魔王? それとも満を持してクトゥルフちゃん?
「Wi-Fiが! Wi-Fiが繋がってない!」
京太くん、背中の自走式背嚢をおろし(もしくは自分から降りて)、チューナーとアンテナをいじり始めます。
「わああ! 無線も! あああ、なんてこった!」
アミ先輩と紫苑さまは互いに視線を交わし、そろって肩をすくめてます。
ちなみにわたしは肩を落とし、口をポカーンとあけ、ゲンナリした顔で彼のことを見てます。
「ダメだ、回復しない! うああああ! これは、これだけは……どうしよう、どうしよう、ああそうだリセットだ、うわああダメだあああ! 電池は? 電池はある! 電波が! 電波が届かない! 電波、電波、デンパだちくしょう!」
ここで京太くんは背中を丸め、頭をかかえ、胎児みたいなポーズになって床を転げ回りました。
「チクショウメ〜〜〜! なんでなんでなんで電波もっとデンパをデンパをボクに、ボクにくれええ! ああ、ネットの膨大な情報が、ボクの手元から永遠に無限の彼方へ永劫の終わりの向こう側へおお静かなる無知、究極の空虚、そういえば『虚』という漢字はどうしてあんなに『戯』と似てるんだろう、やっぱりボクらが囚われているこの時空間連続体は大いなる深淵のために創られた一個の玩具に過ぎないのか、ああそうだやはりそうだ! 見える! 刻が見える! ついでにエイリアン・アースの最終話も観える! まだ配信してないけど!
やった、ボクはついに生身の体のままでデジタル情報を……おお、全てが摂取できる……把握できる……そうですね御師匠様、ボクたちはみんなブラックホールの中にいるんですね……でも『戯』の成り立ちがわからない、なぜってネットに繋がれないから、調べられないから……ああ、無知! 大いなる無知よ! 他者よ! 貴女が……神か……! 神……髪……ぐっすん――」
「……えーと、もう終わったん?」
「みたいですね」
わたし、アミ先輩にうなずきます。京太くんは、胎児のように丸まったままスヤスヤと気持ちよさそうに寝息をたててます。
「典型的なネット依存症やなあ」
「そうなんですか」
「最近多いぃで、こういうん。女子寮でも、停電のあとでこんなんならはって、部屋から出てこらはれへんのがおってな」
「まあ、ここに置いていくわけにもいかない」紫苑さま、ため息ひとつついて、「アミ、お願いできるかな?」
「そらもう!」
アミ先輩、満面の笑みで京太くんを片手で拾い上げ、ギュッと胸元に押しつけました。
そして地下三階。
地下二階の広大な暗い空間から、またまた螺旋階段を降りると、そこは……広大な明るい空間でした!
いえ冗談とかじゃなくて、ホントに!
螺旋階段の終わった先は一本道の廊下。それにしても、どうして旧図書館は上から下まで直通の階段を作っておいてくれないのでしょう。めんどくさいことこの上なし、です。
「突き当たりに光がある――」
たしかに紫苑さまのおっしゃるとおり、ぽわんとした薄桃色の明るい部分が見えます。やはり紫苑さまは常に正しいのです!
長い廊下……を何事もなく通りすぎると。
そこは小さなバルコニーになっていて、光は外から射し込んできているのでした……え、外?
旧図書館の、地下三階の、外!?
わたしたちは目をこらしました。
ああ、その先にあった光景は!
「――これは!」と紫苑さま。
「うっそおおおん!」とアミ先輩。
「ええええええ!?&パヒュウ」とわたし&アプちゃん。主人公なのにペットと合わせて一行の扱い。
なんで?
いえそれよりも眼前の光景です。というか絶景です。
目の前、の広い広いひろい空間……上下も、左右も、正面も、がらんどうの空間がほんのりと輝いていて。
数百メートル、いいえそんなもんじゃありません、数キロ先あるいは数十キロメートルの彼方に、かろうじて何かが見えます。ボンヤリしてます。対岸……としか言いようのないそこは、どこまでも左右に続く絶壁の側面なのです。ぐーっと見つめていると、地層のような模様も確認できます。あきっぱなしの口をわたしは両手で閉じて、すぐまたアングリと口をあけました。
「本棚……」紫苑さまの呆然とした呟き。
「え?」
「本棚なんだ、あれは――あの〈向こう岸〉の断崖絶壁は……それに、僕らのいるこっち側の、横も、下も、ぜんぶ、どこまでも……本でいっぱいの本棚で出来ている……ここは――無限に大きな図書館の、端っこなんだ!」
わたしはクシャミしました。
無限の端っこって、どこにあるの? と思わなくもなかったのですが、紫苑さまのおっしゃりたいことは理解できました。
わたしたちは、グランドキャニオンよりも何倍も何十倍も大きな図書館の中――そのどこかにある超絶巨大な吹き抜けに面した壁面に……その壁にちょこんと顔を出している小さな小さなバルコニーにいて、メガスーパー超絶広大な「吹き抜け」を見下ろし、見渡し、見上げていたんです!
天井――というか天空と呼ぶべきでしょうか? ――は地下三階の床と表裏一体のはずなんですが、あまりにも遠く頭上にあるので、何やらボワ〜ンと薄くハレーションをおこしてて、まったく様子がつかめません。
そして下は?
ここが地下三階だとしたら、そのすぐ下が目的地の地下四階、でもってその下に地下五階、地下六階、十階、二百五十階……三恒河沙とんで四十二階まで数えてから、わたしは諦めました。
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